2024年12月6日〜8日に音楽フェスティバル「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2024(以下MJFJ)」が開催された。このイベントは “世界3大ジャズ祭” にも数えられるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルの日本エディションだ。
今回の日本開催に際して、スイス本国のモントルー・ジャズ・フェスティバル事務総長のヴィヴィアン・ラウフ(Viviane Raouf)が訪日。日本のMJFJのチェアマンを務める原田潤一と対談をおこなった。モントルー・フェスの現状と未来、そしてこのフェスが保有する “豊かな資産” について語り合う。
スイス本国が注目する日本人ミュージシャン
まずは今回の「MJFJ 2024」の概要を教えてください。
原田:12月6日〜8日の3日間、ぴあアリーナMMをメイン会場にして開催しました。ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)率いるクインテットや、小曽根真トリオといったベテラン勢を筆頭に、新進気鋭の若手ジャズ奏者も多数参加して頂きました。
さらに、ジャズの素養をベースにしてボーダレスな音楽を発信し続ける日本人ミュージシャンも多数出演しましたね。
原田:そうですね。サックス奏者の馬場智章さんの最新プロジェクトや、YOKO KANNO SEATBELTS、Bialystocks、WONK、Shing02など、多彩な顔ぶれです。ヴィヴィアンはどんな印象でした?
ヴィヴィアン:私の知らないミュージシャンを発見できたのは有意義でした。なかでもWONKは素晴らしかったし、Shing02のステージもすごく良かった。彼らはすでに自国での知名度もあるしファンも持っていると思うけど、欧州に住む私たちはその存在を知らない。私たちはそうしたアーティストを積極的にプロモートしたいの。
原田:我々も、日本の優れたアーティストを世界に広めたい。ちなみに僕がいま考えているのは、スイスと日本でアーティストの交換プログラムみたいなことを出来たら素晴らしいな、と。
ヴィヴィアン:是非やりたい。まだあまり知られていない新進気鋭のアーティスト同士で。
未来のスターをいち早く起用するのも、フェスの価値や信頼度を上げますよね。
ヴィヴィアン:その通りです。ただ、すごく現実的な話をすると、音楽フェスティバルは商業的なイベントです。したがって集客力のある出演者が必要。これは当たり前の話ですが、有料の会場にアーティストをブッキングする際には、その会場を満席にしなければならない。チケットが確実に売れるようにしなければならないのです。そこはモントルー・ジャズ・フェスティバルのブッキング担当も非常に厳しく見ています。
世界各国の“気鋭奏者”たちがスイスで交流
なるほど。そう簡単にモントルー・ジャズ・フェスティバルのステージに上がることはできないのですね…。
ヴィヴィアン:その一方で、モントルー・ジャズ・アーティスト財団では、フェスの期間中に「モントルー・ジャズ・アーティスト・ファウンデーション・ナイト」という企画を立てて、新進気鋭のアーティストがパフォーマンスできる場を設けています。その目的は、商業的なプレッシャーを解除して、最新のジャズシーンを切り拓くさまざまな才能をオーディエンスに紹介することです。ヨーロッパはもちろん、アメリカや日本、南米からも参加してほしいと思っています。
原田:今後、具体的にどんなプランを考えている?
ヴィヴィアン:毎年、スイスから4つのバンド、そして国外からも4つのバンドに参加してもらいたいと考えてます。国外勢は日本、ブラジル、イギリス、ドイツからそれぞれ1つのバンドを迎えたいと思っていて、そこで異国間の文化交流も作り出したいの。だから日本の才能あるアーティストを選出して推薦状を送ってほしいですね。
原田:これまでにどんなミュージシャンを呼んだのですか?
ヴィヴィアン:たとえば、レイクシア・ベンジャミン(Lakecia Benjamin)というアメリカ人のサックス奏者。彼女は去年も今年もグラミー賞にノミネートされた中堅奏者で、アメリカ国内ではある程度知られた存在なのに、ヨーロッパではあまり知られていないの。それから、エンデア・オーウェンズ(Endea Owens)というベーシスト。彼女も30代の、いわゆる新世代ジャズ奏者で、アメリカでは素晴らしいキャリアを築いているのにヨーロッパでの知名度が低い。そんな二人を、この夏モントルーにブッキングしたの。
原田:ヨーロッパのオーディエンスの反応は?
ヴィヴィアン:すごく新鮮に響いたみたいで、大変な評判になりました。これと同じことを、日本のアーティストでも実現したいですね。将来性のある日本のジャズやソウルのアーティストを探し出して、レジデンス期間中にプロモーションできたらいいなと思っています。
原田:ところで、モントルー・ジャズ・フェスティバルの初開催は1967年だから、もうすぐ60周年を迎えます。さらにこの数年で「モントルー」というブランドは世界的な展開を見せています。
ヴィヴィアン:そうね、いまは日本とブラジル、アメリカ、中国で開催されていて、来年の4月にはアブダビ(アラブ首長国連邦)での開催を控えています。それから南アフリカ、フランス、イビサ島(スペイン)でのプロジェクトも進行中です。
原田:すごい!
モントルーのポスターを描いた日本人クリエイター
そうした世界展開もさることながら、モントルー・ジャズ・フェスティバルといえば、ライブ録音アルバムの作品数が豊富なことでも有名です。他にも、ポスターやアパレル、レコードから楽器に至るまで、多種多様でハイセンスなグッズ展開をおこなっている。それらも強い発信力を備えていますね。
ヴィヴィアン:そう、「TOKYO」っていうギターもあるのよ。いまジュンが持ってる。マチュー・ジャトン(Mathieu Jaton、モントルー・ジャズ・フェスティバルCEO)が感謝を込めて、彼にこのギターを贈ったの。
原田:コロナ禍でしばらくフェスを開催できない期間があって、昨年にようやくプレイベントのような形でグレッチェン・パーラト(Gretchen Parlato)を招いて、東京公演をやったんです(「ザ・ペニンシュラ東京」で実施)。そのことをマチューがすごく喜んでくれて、彼がビデオメッセージを送ってくれたんです。公演前に会場でも上映したんだけど、そのスピーチの最後に「ジュンイチ、きみにギターを贈るよ」って言ってるから、何のことだろう? と不思議に思っていたら、後日このギターが届きました。
ヴィヴィアン:あはは。変わったサプライズね。じゃあ、私からもサプライズ。来年の新しいポスターが完成したのよ。
原田:えっ? もうできたの? っていうか、ここで公開していいんですか?
ヴィヴィアン:大丈夫。今回のアートワークで最も特徴的なのは、文字です。これはニーナ・シモン(Nina Simone)の歌詞の一節で、絵の作者がこの文字を引用したいというので、私たちは権利関係をクリアにする仕事が課せられたのだけど、結果的に、素晴らしい作品が出来上がった。
モントルーのポスターといえば、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)やキース・ヘリング(Keith Haring)を筆頭に、先端的でユニークな作家たちを起用し続けてきました。同じく今回、日本のMJFJでも漫画家の石塚真一さんにアートワークを依頼していますね。
原田:本当に素晴らしい作品を描いて頂きました。石塚先生ご本人も、以前からモントルー・ジャズ・フェスティバルに対する熱い思いがあったそうで、非常に良いコラボレーションになったと自負しています。ちなみに、かつて本国スイスのポスターを、日本人作家が手がけたこともあるんですよ。
ヴィヴィアン:知ってる。えーっと…たしか80年代よね。
原田:そう、福田繁雄さんが1985年のポスターを描いています。
“日本のエッシャー” とも称されるグラフィック・デザイナーですね。
渡辺貞夫のモントルー公演
原田:で、そのポスターがそのままジャケットに使われているこのレコード。僕が大好きな一枚なんです。
ヴィヴィアン:ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)のモントルー録音ね。
原田:今回のMJFJのアートワークを担当した石塚先生にこのジャケットを見せたら「これ、マンガの吹き出しじゃないですか!」ってすごく興奮していました。
なるほど。そういう意味でも、すごく日本らしい作品なのかもしれませんね。ちなみに、日本人ミュージシャンで、初めて自身のバンドでモントルーのステージに立ったのは渡辺貞夫さんですね。
原田:これもレコード化されています。1970年だから、4回目の開催です。演奏の内容も素晴らしいし、貴重なドキュメンタリーとしても価値ある録音だと思います。オープニングで、モントルー・ジャズ・フェスティバルの創始者であるクロード・ノブス(Claude Nobs)さんが登場して、観客に向かって意気揚々とバンドを紹介するんだけど、そのときに渡辺さんの名前を間違えるんです。
ヴィヴィアン:えっ!? 本当に?
原田:「サデオ・ワナタベ!」と紹介して、メンバーたちが思わず笑ってしまう。そんなやりとりが全て録音されている(笑)。
ヴィヴィアン:あはは。想像できる。彼はそういう間違いをするの(笑)。これ、すごくいいエピソードね。
原田:クロードさんの愛すべき人柄を知る人にとっては、なんとも微笑ましい話なのだと思います。まあ、クロードさんだって日本人の名前をコールするのは初めてだっただろうから仕方ないですよね。
ヴィヴィアン:このレコードを聴いて改めて思うのは、モントルーと日本の関係が、こんな昔から始まっていたこと。そのことも興味深いし、こうして今もクロードの声を聞くことができるのも本当に素晴らしい。
伝説的ライブをアナログレコードで
そうした録音作品が豊富に存在するのも、モントルーの大きな特徴。これほどレコードや映像作品が存在する音楽フェスは他にないし、傑作も多いですね。
原田:そうですね。当然ながら、僕がモントルーのフェスを知ったのも、ライブ作品を聴いたことがきっかけでした。最初に聴いたのはビル・エヴァンス(Bill Evans)のライブで、通称 “お城のエヴァンス” として知られる1968年の録音。
ヴィヴィアン:モントルーのフェスを語る上でも最も重要な録音物のひとつね。
原田:このレコードを知ったのは10代の終わり頃で、当時は演奏についても学んでいた時期だったので、すごく貪欲にジャズを聴いていました。そんな中にこのアルバムもあって強烈なインパクトがあった。まず興味を惹いたのが演奏メンバーでした。それまで僕が知っていたビル・エヴァンスの作品には登場していなかった、エディ・ゴメス(Eddie Gomez、ベース)とジャック・ディジョネット(Jack DeJohnette、ドラム)によるトリオ。その演奏内容も素晴らしかった。
加えて、このライブが自分の生まれた年(1968年)に行われたことや、ビル・エヴァンスの誕生日が自分と同じだったり、そういう符合もあって強く印象に残っていました。
それを機に、モントルーのライブ録音を追いかけ始めたのですか?
原田:いや、特に “モントルー録音” を意識して探したわけではないんだけど、たまたま同じ時期に『Power of Three』というタイトルのレコードを聴いたんです。これは1987年にブルーノートからリリースされた作品で、ミシェル・ぺトルチアーニ(Michel Petrucciani、ピアノ)と、ウェイン・ショーター(Wayne Shorter、サックス)、ジム・ホール(Jim Hall、ギター)という組み合わせのトリオ。この3人でライブやるんだ…という意外性もあったし、ライブならではの空気感や高揚感が封じ込まれたいい作品だな、と思ったら、1986年のモントルー・フェスで行われたライブ録音でした。
原田:それで決定的に僕の中で「モントルー」が強く印象づけられて、モントルーの録音だけでもかなりの数の名作があることに気づきました。
ヴィヴィアン:一体どれくらいのタイトルがリリースされているのか、私ですら正確に把握していないくらい多種多様な作品が、世界中のレーベルから発売されています。
原田:モントルーは録音物や映像の記録をすごく大切にしているフェスで、実際にものすごい数のストックがアーカイブされている。そこはこのフェスの創始者であるクロード・ノブスさんの情熱の賜物だし、そうした記録がモントルーの資産になることを理解していたわけですよね。実際にモントルーの膨大な録音物や映像のストックは、ユネスコの文化遺産にも登録されていますし。
ヴィヴィアン:そんなコレクションを、世の中に発表していくプロジェクトを3年ほど前に立ち上げて、これまでに10枚ほどのアルバムをリリースしてきました。フェスティバルで録音された伝説的なアルバムの再編集で、権利関係をクリアにしなければならないので、発表までのプロセスは非常に手間がかかります。それでも、とにかく素晴らしい内容なのでリリースする意義があります。
原田:ここにあるニーナ・シモンやミシェル・ぺトルチアーニのアルバムがそうですね。ほかにもマッコイ・タイナー(McCoy Tyner)や、モダン・ジャズ・カルテット(Modern Jazz Quartet)、モンティ・アレキサンダー(Monty Alexander)なども。
ヴィヴィアン:長い年月を経てモントルーが受け継いできた伝統を知ってもらうためにも、こうしたレコードを発表できることは嬉しく思います。日本でもそうだと思いますが、近年、ヨーロッパでは本当にアナログレコードが復活しているんです。なにより、このフォーマットはオブジェとしても美しい。だから今後も継続的に発表して行く予定です。
モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン
Words & Edit: Shinya Kusumoto
Photos: SUZU
Cooperation:Montreux Jazz Festival Japan