高級オーディオ機器が高価である理由には、単なるブランドや外観デザインの問題だけでなく、技術的なこだわりが深く関わっています。大型で頑丈なシャーシや電源、放熱システム、精密な選別品パーツの採用、さらには振動対策や素材選びなど、すべてが音質向上のために設計されています。高級オーディオ機器を使っていない方には分かりにくい、高額である理由をオーディオライターの炭山アキラさんに教えてもらいました。

高級オーディオには、その製品でないと表現できない世界観がある

わが家にも、1台数十万円もするオーディオ装置が鎮座しています。その一方で、2〜3万円くらいで買えて、手のひらへヒョイと載る超小型アンプも、自宅では実働していますし、それらも立派に結構大きなスピーカーを駆動し、音楽を鳴らすことができています。

ならばなぜ、高くて大きく重いオーディオ製品が存在するのか。オーディオマニアはそれらを使い続けるのか。一口に申し上げるなら、それは「それでないと表現することのできない世界観があるから」です。

その世界観を表現するためには、まず大きく頑丈な土台を作っておかなければなりません。何百Wの大出力を放出するパワーアンプ、あるいは小出力でも、出力素子の最も特性のいい部分のみを使うために、常時大きな電力を流し続けなければならないA級アンプ、こういう製品群では、まず普及クラスと比べ物にならない巨大な電源部を搭載することが必須となります。

アンプの内部

電源部を構成する部品の中で、とりわけ電源トランスは大きく重く、しかも交流電源に揺さぶられて振動源になります。よほどの故障でもない限り、それは耳に聴こえないほどの微細な振動ではあるのですが、その振動がトランジスターやコンデンサー、抵抗器などへ伝わると、必ず音を濁らせます。それで、巨大な電源を搭載せねばならない高級アンプなどは、ほぼ自動的にといってよいくらい、分厚く頑丈なシャーシ・キャビネットを必要とするのです。

また、音楽信号を出力するトランジスターなどの素子(回路を構成する基本的な部品)は、効率100%とはいきませんから、必ず熱を放出します。あまり熱を溜め込んでしまったら、素子の動作に悪影響を及ぼしますし、故障の原因にもなってしまいますから、排熱は可能な限り効率良く放出したいものです。

ただ純粋に効率の良い放熱を考えるなら、薄いアルミの板で魚のエラのようなフィンを作り、電動ファンで風を当ててやればよく、実際に廉価なスタジオ用アンプなどは、そうされているものを結構見かけます。

しかし、電源を支えるため=素子類へ振動を及ぼさないために頑丈なシャーシを要求する、高級アンプでそんなことをやってしまったら、本末転倒もいいところです。それで、高級アンプは放熱器(ヒートシンクといいます)も、分厚く頑丈で鳴きにくいものが使用されます。それも、大きく重く高価になる原因ですね。

高級アンプは放熱器(ヒートシンクといいます)も、分厚く頑丈で鳴きにくいものが使用されます
Milan Lipowski – stock.adobe.com
また、普及クラスのオーディオ機器は、ボンネットや底板の素材に薄いプレス成型の鉄板が用いられます。一方、高級コンポーネンツは分厚いアルミのパネルを持つものが結構ありますし、鉄板にしてもかなり厚手のものが多く用いられます。

鉄という素材は強度が高くしなやかで、コストの割に頑丈な筐体を作ることが可能です。また、信号系に飛び込んで音楽を汚しがちの、空中を飛び交う高周波を効率よく遮断してくれる素材でもあります。

その一方で、適切な防振をしなければビンビン共振しやすく、また強磁性体ですから、信号経路へ磁気による歪みをもたらしてしまう可能性もあります。

その点で、アルミは鉄ほどの強度が稼げない分、分厚い筐体を必要とした結果鳴きが少なくなり、ごく特殊な条件下でなければ非磁性体ですから、磁気歪みが起こる可能性もありません。これらのことから、高級コンポーネンツがアルミを多用した筐体を持つのは、ただのコスメティックではない、ということが分かります。

固有の特性が音にも反映される高級パーツは替えが効かない

高級コンポーネンツがどうしても高価格になるのは、そういう物量の問題だけではありません。例えば、抵抗器やコンデンサー、トランジスターなどの素子類は、同じ動作を保証しているものでも、ものによって普及品と上級品では天と地ほどの価格差があったりします。

なぜ同じ特性が得られるのに、わざわざ何桁も価格が違う高級パーツを使うのか。それは、パーツそれぞれに固有のキャラクターというか、音色があり、どんなにコストがかかっても、このパーツを使わなければ、理想の音色や情報量などが実現できない、といったことが珍しくないからです。

また、メーカーによってはパーツ会社に特注して特別なパーツを作ってもらったり、共同開発したりする例も少なくありません。そうなったら、既製品のパーツより何倍もコストがかかってしまうのは、もう避けられないことでしょうね。

メーカーによってはパーツ会社に特注して特別なパーツを作ってもらったり、共同開発したりする例も少なくありません

一方、高級品が普及クラスと同じ型番のパーツ類を使っていることもあります。しかし、それは同じ型番でも少し違うものなのです。

工業製品はどれもそうですが、 “公差” というものがあります。平たくいうと「どれくらいの誤差まで認めて標準の範囲内に収まっているとするか」ということです。極端な話ですが、公差を大きく取れば、適当に作った素子でも必ずどこかの標準範囲に収まる、といった作り方もできるわけです。

高級コンポーネンツは、そういう公差の中に収まった素子の中から、より特性がそろったものを選び抜いて使用していることが多いのです。つまり、「より公差が小さい」ということであり、回路全体の精度が上がる、というわけですね。そうやって選び抜かれた精度の高い素子類を、一般に「選別品」と呼びます。

実際に、標準品と選別品の音を厳密に聴き比べたことは、私自身もありませんが、それに近い経験をしたことはあります。1990年代の半ば頃だったか、ある社のCDプレーヤーが、当時名高い高音質D/Aコンバーター・チップのTDA1541を、選別品の同S1へ載せ替えたリミテッド・バージョンを発売したことがありました。

私は幸い、両者とも音を聴くことができましたが、そのあまりの音質差に言葉を失ったものです。リミテッドは曇りが一気に晴れ、レンジが両端へ軽々と伸びて、音楽の楽しさが数倍増しになったような印象をもったものです。

そのリミテッド・バージョンが、厳密にDACチップのみの変更だったとは考えられず、おそらく他の素子類も上級品や選別品へ替えられていたことでしょう。しかし、DACチップの影響がなかったとも考えられず、今から思えば貴重な経験をさせてもらったと感謝しています。

また、昔のVHSやベータマックスのビデオデッキに用いるテープには、「Hi-Fi」と記された上級テープがありました。実はあれ、中身の組成は一般テープと全く同じで、それこそ選別品だったのです。実際に私もテストしたことがありますが、Hi-Fiテープは一般品より明らかに解像度が高く、ノイズも抑えられていましたから、「同じもの」でもちゃんと違いが出るレベルで選別されていたことが分かります。

昔のVHSやベータマックスのビデオデッキに用いるテープには、「Hi-Fi」と記された上級テープがありました

高級コンポーネンツが高くなってしまう原因には、他に「量産が効かない」という重大な問題があります。何といっても、そうたくさんの人が購入できる金額ではありませんから、自ずと製品の生産数は限られてしまい、量産品なら型を取ってダイカスト*成型できるパーツでも、生産数の少ない高級品は、1品ずつ職人が削り出しする必要が出てきたりもするのです。

もっとも、ダイカストよりも削り出しの方が、精度を詰める余地は大きいと考えられますから、コストはかかってもあえて削り出しを採用している上級ブランドも多いのでしょうけれどね。

*ダイカスト:溶けた金属を型に入れて、すばやく冷やして固める方法で鋳造された金属製品

高級コンポーネンツが高額になってしまう理由にはもう一つ、内部の作りがあります。

普及クラスの製品群は、まず工場で製造しやすいように考えた設計がなされています。一方、素子をどう配するか、配線を機器内にどう通すか、アースはどうやって取るか、そういう項目で、オーディオ機器の音質は恐ろしいほど変わってきます。それで、高級コンポーネンツはあまり「作りやすさ」を重視するわけにいかず、どうしても工程が増える=高コストになるということになってしまいがちです。

こうやって一通り眺めていくと、高級コンポーネンツの価格が上がってしまうのは、それらを成立させる大元というべき、各社エンジニアのこだわりが具現化した結果といえそうですね。その結晶というべき各製品の音が、ご自分の求める音楽再生のためになくてはならないものだとお感じになったら、それは払い甲斐のあるコストといってよいのではないですか。

Words:Akira Sumiyama
Edit: Kosuke Kusano

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