カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
チック・コリアの「Spain」
2021年2月9日、希代のジャズピアニスト、チック・コリア(Chick Corea)が79歳で急逝した。気難しいジャズを嫌い、常にピースフルでファンタジックな演奏を好んだ彼の音楽スタイルは、アコースティックなジャズからエレクトリック満載のフュージョンまで、あらゆるフィールドを横断したスケールの大きなものだった。
今回採り上げた「Spain」は、数多くの曲を輩出したチックの代表作であり、ヴォーカリストも含めて内外の多くの演奏家にカバーされている。
1972年に発表された同曲は、当時チックが率いていたバンド、Return to Foreverのアルバム『Light as a Feather』に初収録。翌年のグラミー賞最優秀インストゥルメンタル編曲賞を受賞している。チック自身も晩年までさまざまな編成で演奏するなど、自他共に認めるフェイバリット・ナンバーといってよいだろう。
スペインが生んだ偉大なギタリストであるホアキン・ロドリーゴ(Joaquín Rodrigo)作曲の「アランフェス協奏曲/第2楽章(アダージョ)」のイント ロが演奏冒頭にフィーチャーされることが多い「Spain」。最初はゆったりとしたテンポだが、途中でラテンリズムをベースとしたテーマメロディが奏でられてからアップテンポになる。12小節(または24小節)でテーマが提示され、フルートやエレピ(エレクトリックピアノ)、アコースティックベース等のアドリブソロが続き、トリッキーなリフが挟まれた賑やかで躍動的な演奏が展開する。
私の手元にある『Light as a Feather』は、米オリジナル盤と国内盤のLP、16年発売の廉価盤CD、20年発売のUHQCD仕様MQA-CD(国内保管のアナログマスターから起こしたDSDリマスター音源を352.8kHz/24bitで変換)で、最も音がいいと感じるのは、やはり米オリジナル盤だ。ラテンリズムの躍動的でダイナミックなサウンドがステレオ音場いっぱいに広がる様は、感動的ですらある。
アル・ジャロウの「Spain」
「Spain」に元々は歌詞はなかったが、後に英詞がつけられ、多くのヴォーカリストがカバーするようになった。しかしそれはスキャットを多用したものでクリティカルなテクニックが要求され、凡百の歌手が歌い切るのはとても難しい(邦人歌手では平原綾香が挑戦している)。
その中で、いの一番に紹介したいのがアル・ジャロウ(Al Jarreau)だ。1980年リリースの『This Time 』に収録しているが、歌詞を書いたのは実はジャロウ本人とアティー・マレン(Artie Maren)の2人。プロデューサーは、西海岸の売れっ子ミュージシャンの一人ジェイ・グレイドン(Jay Graydon)。
幻想的なエレピのイントロに先導され、ジャロウのダイナミックな歌唱がドラマティックかつ雄大に展開する。伴奏はシンプルなトリオ編成だが、特にドラムのスティーブ・ガッドが繰り出すリズムが協力で、それに呼応するようにジャロウが伸びやかに歌を紡いでいく。スキャットも大胆かつスケール感豊かで、エピローグに至るまで感動的な世界観が広がるのだ。
Words:Yoshio Obara