新しい音楽との出合いはレコードやサブスクだけじゃない。本に収められた文章やビジュアルをきっかけに新しい音楽を知ることもある。音楽家のエッセイ、ジャーナリストによる論評、ライブ・コンサートの写真集、ジャケットのアートワーク集だったり、ページを進める度に広がっていく音楽の世界。読書家のあの人が選ぶ3冊の本が教えてくれる、音楽を読む愉しさ。
音楽を聞いた後に味わいが増す本
本にしかできないこと、音楽にしかできないことがあると思う。そしてその両者を行き来することでしか得られない感動もきっとあって、相互に作用しあい補完しあい、お互いの良さを高めていく。本と音楽はそんな関係だと思う。今回は特定の曲を聴いた後に(もしくは聴きながら)読むと味わいがグッと増す本を3冊選んでみた。
島本理生 / 辻村深月 / 宮部みゆき / 森絵都『はじめての』(水鈴社)
小説の映像化の際に「んー、なんだかイメージと違う」とモヤモヤしたことのある方は多いのではないだろうか。映像作品は良くも悪くもイメージをクリアにし固定化してしまうので、原作に思い入れが強いほどそういったアンハッピーがしばしば起こる。
YOASOBIは小説を曲にするユニットである。初めはピンとこなかったが、聴き込むうちに「なるほど、これは素晴らしい発明だな」と思った。小説の楽曲化は映像化ほどイメージを限定せず、聴き手(読み手)の想像力の入り込む余地を多く残してくれる。また5分程度の楽曲の中で作品のすべてを語ることをそもそも望んでいないからか、自分の好きなあの件がなくてけしからんといった不満も起こらない。楽曲を聴くと原作が読みたくなるし、読んでいると聴きたくなる。とても良い関係性に感じる。
本作『はじめての』では4人の直木賞作家が小説を書き下ろし、それらをYOASOBIが楽曲化していく。おすすめは宮部みゆき『色違いのトランプ』とそれを楽曲化したYOASOBI『セブンティーン』、辻村深月『ユーレイ』とそれを楽曲化した『海のまにまに』。ぜひ聴いてみてほしい。
エリック・カール『うたが みえる きこえるよ』(偕成社)
エリック・カール(Eric Carle)の絵本『うたが みえる きこえるよ』は、音楽と自然の美しい調和を描き出す作品だ。『はらべこあおむし』の作者として知られるエリック・カールは「絵本の魔術師」ともいわれ、独特の鮮やかな色使いとコラージュ技法が特徴で、世代も国籍も性別も超えて愛され続けている。
本作では冒頭に登場するバイオリニストだけでなく、動植物たちもまるで音楽を奏でているように生き生きと描かれていく。作品を通して、自然界に存在する音のリズムやメロディが、視覚的に色や形として楽しめるよう工夫されており、ページをめくるごとに新たな音楽が目に浮かぶ。まさに「うたがみえる、きこえる」のだ。そして、この素晴らしい体験にさらに深い彩りを与えるのが音楽だ。著者のエリック・カール自身はモーツァルトをかけながら本書のページを捲るという。ぜひ自分のお気に入りの音楽を流しながら読んでみてほしい。きっと物語の見え方が一変するはずだ。
森田まさのり『ろくでなしBLUES』(集英社)
僕自身はまったく不良ではなかったが、学校で最もたくさんの不良マンガを持っていたので、平和な郊外の中学校にもわずかにいた不良っぽい友達たちにそれらを貸したりしていた。『湘南純愛組』『カメレオン』『特攻の拓』『ウダウダやってるヒマはねェ!』そして『ろくでなしBLUES』。
本作には日本のパンクロックバンドTHE BLUE HEARTSのメンバーをモデルにしたキャラクターが登場するため、存在自体はかなり前から知っていたが、音楽にさほど興味がない少年だったため曲を聴いたことはなかった。中学2年生になったばかりのとき、ポイントを集めるともらえる景品目当てという不純な動機で続けていた進研ゼミの付録CD「元気な7Days ~一週間を笑顔でのりきるCD~」にTHE BLUE HEARTSの「情熱の薔薇」と「夢」が収録されており、特に期待することもなくCDプレイヤーの再生ボタンを押した。ある種の切実さを感じさせる歌声に込められた反抗的だが純粋なメッセージに衝撃を受け、すぐさま地元のCD屋さんにベストアルバムを買いに自転車を飛ばしたことを今でもよく覚えている。
それからというもの『ろくでなしBLUES』のなかで「情熱の薔薇」を口ずさむシーンがあるキャラクター浜田のことがより一層好きになったことはいうまでもない。
三田修平
1982年神奈川生まれ。都内の書店勤務を経て2012年3月に独立し、移動式本屋「BOOK TRUCK」をスタート。2022年8月には、自身が暮らす横浜市の若葉台団地内に「BOOK STAND 若葉台」を開業し、団地の本屋の新しい形を模索している。また小説を音楽にするユニット・YOASOBIとのコラボ店舗「旅する本屋さん YOASOBI号」として全国ツアーにも同行している。
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Edit:Shota Kato(OVER THE MOUNTAIN)