今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。
「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。
Ginger Rootが考える「アナログ・レコードの魅力」
レコードは集中して音楽を聴くことができるルーティンだと思います。Spotifyやストリーミングでは「次、はい次、はい次」みたいな聴き方ができますが、レコードは音楽に集中して向き合えるので、聴く人とアーティストの絆がもっと強くなる気がします。
最初にレコードに興味を持ったのは高校生ぐらいのときで、近所に一軒だけあったレコード屋さんに自転車で行って、1ドルで買えるコーナーをディグして、ポール・マッカートニー&ウィングス(Paul McCartney & Wings)、XTC、エレクトリック・ライト・オーケストラ(Electric Light Orchestra)など、いろんなレコードを買っていました。
学生時代はちょっと暇な時間があったら、いつもレコード屋さんに行って、お金なんかまったくなかったけど見ているだけで楽しかった。大きなアルバムアートもそうですし、参加ミュージシャンやクレジット、ライナーにすごく興味があったんです。
当時はすごくチープなレコードプレーヤーで聴いていましたが、音質の悪さは関係ないと思うくらい、すごく喜びがありましたね。当時はiTunesなどで音楽を聴いていたので、レコードというものから音楽が流れることに「すごい! なんでできるの!?」という驚きがあって、レコードで音楽を聴くのが大切な時間になりました。
White Denim『Corsicana Lemonade』
これは高校時代のすごく大切な思い出のレコードです。友達の一人がすごい音楽オタクみたいな人で、いろんな音楽をレコメンドしてくれたんですが、そのなかで一番好きなのがホワイト・デニム(White Denim)の『Corsicana Lemonade』でした。ドラムとギターのレンジの組み合わせ、リズムの合わせ方、フィーリングがとにかく印象的でびっくりしました。「こういうことできるんだ!」って。あと、すごい「生」って感じで、王道なロックではないけど「僕の一番好きなロックはこれだ!」ってなりました。
サイケデリックとか、ガレージ、ロック、いろんな音楽をミックスして面白い組み合わせで曲を作っていて、このアルバムのパワー、音楽の種類の広さは影響を受けました。あと、ホワイト・デニムはトリオでライブすることも多くて、僕も演奏するときはトリオだからすごく参考になりました。フロントマンのジェームズ・ペトラリ(James Petralli)はいろんなバンドをプロデュースしていて、ジェームスのバンドプロジェクト、ソロアルバムもそうですけど、クレジットに名前が入っているとよくチェックしています。
Kero Kero Bonito『Bonito Generation』
僕が持っているのはリイシュー盤なのでちょっと悔しくて、やっぱりオリジナル盤が欲しかった(笑)。僕は「陰キャ」で、あんまりパリピみたいな人間ではないんですけど、ちょっと元気になりたいときとか盛り上がりたいときは、このレコードを絶対に聴きます。パーフェクトに「ザ・楽しい」みたいなレコードだと思います。
ガス・ロッバン(Gus Lobban)、ジェイミー・ブルド(Jamie Bulled)のプロダクションは、「ちょっと甘いもの食べたい」みたいな雰囲気があるというか、このレコードは特にお菓子みたいな音色だと思うから、自分へのご褒美にデザートを食べるみたいな感覚で聴きますね。
Paul & Linda McCartney『Ram』
僕はザ・ビートルズ(The Beatles)の大ファンなんですけど、ポール・マッカートニー(Paul McCartney)は一番好きなメンバーです。大学生のとき、軽音楽クラブでザ・ビートルズのカバーをよくやっていて、メンバーのソロアルバムをいろいろ聴いているなかで『Ram』も大好きになりました。
ポールは全部の楽器を弾けるので、その部分で勉強になりましたね。『McCartney』、『McCartney II』、『McCartney III』はほとんど全部ポールが楽器とアレンジをやっていて、特に『McCartney II』はエンジニア、プロデュースでもクレジットされていて、すごくいいなと思いました。僕も自分のプロジェクトで全部の楽器を弾いているのは、ポールからの影響です。
作品としては、ホワイト・デニムと同じでアルバムのジャンル、雰囲気の幅広さがすごいと思います。ロックのアルバムであり、シンガーソングライターの作品のようであり、グルーヴもあるし、シンセも入っていて、何でもあるアルバム。無人島に持っていくならこのアルバムって感じです。
全曲、心癒されるようなところがあって、特に「Uncle Albert / Admiral Halsey」って曲には雨の音が入っていて、晴れているのに曇ってる感じで、でもそれがいいというか、穏やかな気持ちになって落ち着くんです。自分の部屋でこのレコードを流していると、ポールの世界に入っていけます。
細野晴臣&イエロー・マジック・バンド『はらいそ』
このレコードは、アルファミュージックで働いている友達のプロジェクトを手伝ったお礼にもらいました。オリジナル盤じゃないけど、すごく大切にしています。クレジットということでいうと、坂本龍一さんもそうですが、コーラスで参加されている大貫妙子さんも大ファンです。
『はらいそ』はYMOの雰囲気も、細野さんのソロアルバムの雰囲気もありますよね。シンセやアレンジ、エキゾティックな部分はYMOを感じますし、でも細野さんのソロにあるフォーク、ソウル、モータウンも感じられます。
細野さんはアメリカの音楽にめちゃくちゃ興味を持っていらっしゃいますけど、僕はその逆かな。僕はアメリカ人で日本の音楽にめちゃくちゃ興味津々。日本の音楽をオマージュしたいけど、やっぱり僕のアメリカ人のヴァイブスをちょっと入れたい気持ちがあります。細野さんもアメリカの音楽だけじゃなくて、インドの映画音楽とか、いろんなエキゾティックな音楽からの影響があるし、そこがすごく好きです。自分の好きな音楽をオマージュしていいし、挑戦したい音楽を作っていいんだと思わせてくれます。
細野さんの音楽の好きなポイントは、「自由さ」ですね。細野さんが低い声で、ささやき声ぐらいで歌っているのを聴くと、「自由に生きていいよ」みたいなメッセージを感じます。特に「フジヤマ・ママ」は英語でいうと「deadpan」(出来事の可笑しさに対して「何とも思っていない」または「何も感じていないよう」に無表情で反応する喜劇の表現)っていうちょっと演じているような歌い方、雰囲気。僕の音楽においても、ユーモアがあることで「僕はこういう人です」ってイメージを素直に聴いている人にシェアできる気がすると思ってて、そういうコメディセンス、ユーモアも細野さんからすごく影響を受けました。
Vulfpeck『Fugues State』
このアルバムと出会う前、僕はほとんどギターポップを作っていて、その当時からソウルとかモータウンも好きでしたけど、ヴルフペック(Vulfpeck)を聴いてグルーヴの大事さに気づきました。定番ですけど、ベースのジョー・ダート(Joe Dart)は気になるプレイヤーです。
ヴルフペックのアレンジは、スペース、余白をすごく感じます。ベース、ドラム、ギター、ピアノっていう少ない楽器、モノラルのみたいなアレンジだと思います。ヴルフペックは自分の曲のサウンドの世界観というか、プロデュース、アレンジ、ミックスでサウンドの響きを作っていくにあたってすごく影響を受けました。
フロントマンのジャック・ストラットン(Jack Stratton)とは超最近つながって。GOODHERTZというオーディオプラグインの会社のテーマソングみたいな曲を僕が作ったんですが、それをきっかけで僕のこと知ってくれてて去年知り合いました。ちょっと変な、不思議な縁だなと思います。
——という具合に5枚のレコードを紹介してくれた、Ginger Rootことキャメロン・ルー(Cameron Lew)。最後に、2025年1月にジャパンツアーを控える彼に、日本でのレコードにまつわるエピソードも紹介してもらった。
日本の音楽はYouTubeで出会って、地元のレコード屋さんでもディグしたりしたんですが、アメリカにはなかなか売ってないし、あってもすごく高い。アメリカからでもネットで買えるけど、「自分の手で取って買う」っていう体験が思い出として強く印象に残っています。
日本にいるとき、池袋のココナッツディスク、新宿のディスクユニオン昭和歌謡館、中野ブロードウェイにあるニューウェーブの専門店(メカノ)のような好きなレコード屋さんに行って、欲しかったレコードをやっと見つけられた経験は僕にとってすごく大切な時間です。
新作『SHINBANGUMI』の設定を考えていたときに日本に滞在していたんですけど、友達の住んでいる鹿児島をちょっと旅行して、彼女の一番好きなサンライズとモッキンバードというレコード屋さんを紹介してもらったんです。初めての日本はツアーで来たのですごく忙しくて、その鹿児島旅行が初めて日本で集中してディグできる機会だったので、すごくありがたかったですね。
Ginger Root
南カリフォルニア出身のマルチインストゥルメンタリスト、プロデューサー、ソングライター、ヴィジュアルアーティストであるキャメロン・ルーのプロジェクト。自らが「Aggressive Elevator Soul(アグレッシブ・エレベーター・ソウル)」と呼ぶ作品を2017年に初めてリリースして以来、ハンドメイドでありながら完璧に洗練されたシンセ・ポップ、オルタナティヴ・ディスコ、ブギー、ソウルを作り続けている。2024年9月、3rdアルバム『SHINBANGUMI』をリリース。2025年1月、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の全国5都市でジャパンツアーの開催を控える。
Edit:Shoichi Yamamoto