青山 ドイツ文化会館(ゲーテ・インスティトゥート東京)にて、11月21日から24日まで “生きる力” を表現する総合芸術フェスティバル「住力」が開催される。SAMPO Inc. 、BLACK SMOKER RECORDS、ゲーテ・インスティトゥート東京が共同主催する「住力」は、いつ起こるかもしれない災害に対して “構え” を持つための祭。“生きる力” をテーマにアーティストの展示やライブパフォーマンス、ワークショップなどが開催され、「衣食住音美」の表現が混ざり合う。

「住力特集」第3弾は、パーカッショニスト・永井 朋生(ながい ともお)と、SAMPOの塩浦 一彗(しおうら いっすい)、村上 大陸(むらかみ りく)の鼎談をお届けする。日頃から石や金属など、世界各地で出会った素材から音を見出し演奏をしている永井さん。今回の「住力」では、メインステージであり、廃材や古物が360°に取り付けられた空間楽器「Hus」でパフォーマンスを行う。

11月の開催に向けて制作真っ只中の大陸さんのアトリエへ向かうと、3人が「Hus」にどんな素材を取り付けようか議論をしていた。そこでは、使われなくなったものが永井さんによって音になり、生き直していた。

「Hus」のイメージパース
「Hus」のイメージパース

まず、永井さんの活動について教えてください。

永井:世界中にある色々な素材から音を見つけ、それを楽器にして音楽として昇華させる、というスタイルで活動しています。バンドで演奏することもありますし、CMや映画、公共空間の音楽のデザインを打楽器を使って作曲する仕事もしていますね。

演奏に素材を使って楽器を自作するに至ったのには、どういう原体験があったのでしょうか。

永井:海外に行くときって飛行機に持ち込める荷物の数が決まっているじゃないですか。ツアーに出るときに現地調達したもので演奏をしなきゃいけない機会が増えていって、だったら現地のものだけでやったらいいという極論に振り切ったときに、今のようなスタイルになっていったんです。

打楽器に興味を持ったのは小学生の頃。音楽の先生が音楽室に入るとき必ずドラムでマーチングをしてくれて、「手は2本しかないのに、なんであんなに細かい音がたくさん出るんだろう」と魅了されました。その経験からどうしてもドラムが欲しかったんですが、子供の僕にはお金がなかったので初めてのドラムセットは自分で作りました。僕の家族は父親が木工デザイナー、弟は鉄の彫刻を作っていて、義理の妹は彫金と、ものづくり一家なんです。自分自身も学生時代は鋳金の勉強をしていて、アートの世界を経験していたので、自分の手でものを作るのは呼吸するみたいに自然なことだったんです。

(左)永井朋生(左手前)村上大陸(左奥)塩浦一彗
(左)永井朋生(左手前)村上大陸(左奥)塩浦一彗

SAMPOの二人と永井さんはどのように出会ったんですか?

一彗(いっすい):11月に「住力」の会場になるドイツ文化会館で空間設営のお仕事をしたときがあったんですが、そこで担当者の方が永井さんを紹介してくれたんです。話を聞いてみると永井さんの活動はSAMPOの手法にも通じるところがあって、今回「住力」の中で作る「Hus」──、廃材や古物を音に転生する構造体のパフォーマーとして最もふさわしい人物像に見えたのが最初の印象でした。

永井:実は二人に会う前にも、その担当者の方からSAMPOの話は聞いていたんです。僕は八王子の素材だけを使って大きな音響彫刻を作る10年がかりのプロジェクトをやっているんですが、二人の「家を楽器にする」という話はそれとかなり重なるところがあって、スパークした感覚がありました。


古物や廃材を転生させる空間楽器「Hus」

廃材や古物を使って「Hus」を作るのはなぜなのでしょうか。

大陸(りく):「住力特集 Vo.1」でも触れたんですが、僕たちは日常的に古物を使って制作をしています。自分の意図しない形のもの、自分の知り得ない背景を持っているもの同士を融合させて、無限にある組み合わせの中からピタッとはまるマグネティックな瞬間を探し出すんです。もの同士がお互い気持ちよさそう、みたいな瞬間が確かにあるんですね。それをただ単にオブジェにするだけじゃなく、スピーカーに昇華させた作品をよく作っているのは、最終的にそれが音に変換されるときに、そのものが辿ってきた背景ごと振動していると感じるからなんです。音になって空間に響くってすごく包容力があるなと思っていて。「Hus」もそんな感覚で作っています。


一彗:ものにアニマ(生命・魂)を宿らせる、みたいなことはSAMPOのものづくりのテーマの一つだよね。「Hus」は「家」という意味を持っています。廃材や古物は、もともとは生活に根ざしていたもの。それらがブリコラージュで転生されることで、路上や自然の記憶の断片が、音となって響き出す──、というのが「Hus」のコンセプトです。何かを作るために用意されたものではなく、今ここにあるものから家を作る。そこから音が鳴ると、祭が起きて人が集まる。そうするとまたそこは家になるんです。


永井さんは自然にある素材だけでなく古物をを使って演奏することはありますか?

永井:さっき少しお話した八王子のプロジェクトでは、まさにそのようなことをやっています。例えば八王子には何十年も医療刑務所があったんですが、それが壊されたときには、独房の壁や鉄筋、受刑者が毎年楽しんでいた桜の木、入口の門の石などをもらって、それらを使った音楽を作りました。僕はミュージシャンとして、そのもののレガシーを音で残すということをできたらと思っているんです。


今日は「Hus」に使う素材の選定でしたが、面白そうなものはありましたか?

永井:バネはいろんな遊び方ができますよ。吊るしてもいいし、床に置いて転がしながら叩いてもいい。床との接地面の量によって音が全然変わるんです。

一彗:永井さんが教えてくれた「そもそも音とは何か」という話が面白かったです。

永井:音はつまり振動ですよね。響いている音が良い音だとすると、それを出してあげるための条件は「そのものの自由をいかに奪わないか」ということなんです。例えば長いパイプに先端に別の金具などがついているとしたら、それがミュート、つまり音の鳴りを遮る阻害物になってしまう。そのものの声を聞いてあげると、どんな状態だと一番鳴るのかが分かってきます。

一彗:今回は、今年1月の震災で出た輪島の解体材も使います。別の建築物などに使ってもらうために解体材をレスキューしているチームがいて、彼らから瓦礫などを買い取りました。僕らも8月に輪島大祭に行ってきたんですが(住力特集 Vol.2)、まだまだ復興が進んでいない状況で、それでも町の人たちは前を向いていて。そういうポジティブな気力みたいなものを受け取って、ネガティブな要素であるはずの解体材を音にすることで勇気づけられる人がいたら嬉しいし、災害っていつ誰に起きるかわからないから、能登の人に限らず「住力」(生きるための力)を伝えられたらと思っています。

SAMPOには、視覚的にもピタッとはまりつつ音もよく鳴る配置を考えるという大仕事が待っていますね。

大陸:そうですね。永井さんの「よく響かせるにはものを自由にしてあげること」という話を聞いて、あまり固定しすぎないフレキシブルな形にするのがいいのかなと感じました。

一彗:「Hus」の中心は球体の設計にしようと思っています。ダヴィンチの『ウィトルウィウス的人体図』のように、腕が伸びる円周上に楽器を配置しようかと。


一彗:また、「Hus」の内外には東大教授のフィリップ・エスリングさんが開発したセンサーを取り付ける予定です。人や光がオブジェに近づくと、その行為が音に変換されます。11月22日の演奏ワークショップでは、参加者も体験できますよ。永井さんをはじめとするミュージシャンが奏でるアナログな音と、センサーを使ったデジタルな音が一緒になって会場に響くんです。


音からものや世界を捉え直す

一彗:今日は永井さんの音像の世界を感じた気がします。今見えているこれはどんな音が鳴るんだろう、と思っちゃっている自分がいて、ものの見え方がガラッと変わりましたね。大陸は普段から、ほかの人が椅子だと思ってるものがランプシェードに見えたり、みたいな視点を持っているけど、ものの持っている音に関しては今日どう感じた?

大陸:僕は「Hus」の由来でもあるムーンドッグ(Moondog)*というアーティストがずっと好きなんですが、永井さんの姿は彼と重なるところがありましたね。彼はニューヨークの路上で演奏をしていたんですが、15歳の頃からダイナマイトの誤爆で失明し、盲目だったんです。視力がないということは世界の全てを音や匂いで把握しているということ。例えば何かが擦れた音がしたとき、これは木なのかなとか、表面は滑らかなのかな、といったことを想像していたはずなんです。もともと、見えているものだけでは正解ではないなという感覚があったので、音で世界を認識している人がいたと知ったときはものすごく衝撃だったんです。今日はそれに近い驚きがありました。

*ムーンドッグは家を意味する「Hus」という楽器を自作していた。「住力」の「Hus」はここからインスピレーションを受けて制作される。


永井:以前、自転車のSHIMANOというメーカーと「パーツペクティブ」というプロジェクトをやったことがあります。
「パースペクティブ(視点)を変えるとどうなるか」という提案で、自転車のパーツを、僕が音の視点から探究し直して音楽にしました。そのとき、僕が素材をどう見ているかというのと同時に、そのパーツ自身にも視点があると感じたんです。パーツからすると「こういう扱われ方するつもりじゃなかった」とか、「こういう風に鳴らしてもらえると嬉しい」というパースペクティブがあるだろうと。そういう視点の転換はものを生むときに面白いなと感じますね。話は変わりますが、人が一所懸命に作り出したものは音のクオリティもいいなという発見もありました。

一彗:永井さんは毎回素材も場所もお題が変わるからすごい。状況に応じて視点をチューニングしていくという態度は「住力」にも通じるところがあります。予定通りに行かないことってたくさんあるじゃないですか。災害はその最たる例。シビアな状況でも視点を変えて楽しもうとできる、という力は必要だと思うんです。

永井:自分でも総合格闘家だなと思ってるところはあります(笑)。ただ、今回は僕にとってもチャレンジング。今までは自分が欲しい音を楽器にすることにこだわって制作してきたし、演奏するときも自分のセッティングでした。でも今回は初めて、人が作った楽器で演奏できる機会なんです。年齢的にも今まで色々な経験をさせてもらいましたが、今回は全然どんなものができるのか想像がつかない。自分ひとりで作り出す範囲を超えているので、挑戦のしがいがありますね。

一彗・大陸:永井さんにもお客さんにも楽しんでもらえるものを作れるよう頑張ります。11月の「住力」、どうぞお楽しみに!


住力

都市や自然、生きることを横断する体験型衣食音住美複合型総合芸術イベント。
災害文化を育むハレとケの狭間で響く文化的ミクロレジリエンス

日時:2024年11月21日(木)〜11月24日(日)
場所:青山 ドイツ文化会館(ゲーテ・インスティトゥート東京)東京都港区赤坂7-5-56

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永井 朋生(ながい ともお)

パーカッショ二スト、作曲家。1975年静岡生まれ。東京芸術大学大学院修了。世界各地で出会った素材から、独自のコンセプトに基づいて音を見つけ出す。それを楽器として音楽へ昇華するパーカッショニスト。Jazzや即興、現代音楽のフィールドで活動しながらジャンルを超えたセッションやソロのライブを行う。また、映画、TV、ラジオ、舞台、公共施設の音楽デザインなどの作曲活動を行っている。ヨーロッパでのプロジェクトを多く展開し、現在リトアニアと行ったり来たりしながら日本とリトアニアの文化的交流にも尽力している。また八王子で見つけた素材のみで作り上げる楽器の集合体=音響彫刻のKinon(キノン)を2022年より10年かけて現在制作中。

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Kinon HP

塩浦 一彗(しおうら いっすい)

1993年生まれ。建築士。3.11の二日後、親に飛ばされミラノに避難。ミラノの高校を卒業し、ロンドン大学UCL、Bartlettで建築を学ぶ。2016年に帰国。建築新人戦2016最優秀新人賞受賞。その後、建築事務所に就職。都市計画等Internationalなプロジェクトに携わるが、Top downの都市の開発に疑問を覚え、元々興味を持っていた動く家、対話するための現代版茶室、家賃を払わなくていい家を体現するためにSAMPOを村上大陸と創業。ミクロな自然現象を扱う指輪作家でもあり、建築家でもある。

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村上 大陸(むらかみ りく)

1996年生まれ。 大工/作家。 軽トラの上にセルフビルドしたモバイルハウスを自宅兼オフィスにしてVRの会社を経営していた。 モバイルハウス生活をしながらVirtual Realityについて思考するうちにRealが圧倒的であると感じ、モバイルハウスの事業に転換し塩浦一彗と共にSAMPOを創業。 古物を用いたブリコラージュを得意とし​、音響作家Snaketime Worksの名でオリジナルスピーカーも手がける。

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Photos & Movies:Shoma Okada
Words&Edit:Sara Hosokawa

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