ナチュラルワインにはその場でしか共有できないモノがある。
誰が、いつ、どこで、何という品種のブドウを使って醸し、どのような想いを込めてボトリングしたのか。 栓を抜くまで刻一刻とフレーバーを変化させる液体はまるで生きているかのようだ。 しかし、一度抜栓してしまえば、その空間を共有した人以外、二度と同じフレーバーに出会うことはないかもしれない。
今回足を踏み入れたのは、ナチュラルワインを抜栓するようにアナログレコードに針を落とす、ヴィンテージサウンドシステムを備えた角打ちバー「Paradise Nature wine&vinyl」。 ナチュラルワインを嗜み、アナログレコードの音に身を委ねれば、自分でも気づかなかった意外な好みや新たな世界と出会えるかもしれない。 今回は名古屋へと赴き、この質量溢れる空間についてオーナーのYongboさんに聞いた。
ゆっくりと、いいお酒といい音が体感できる空間
「Paradise Nature wine&vinyl(以下、Paradise Nature)」は、いつオープンしたんですか?
2023年の5月末ですね。 ヴィンテージサウンドシステムでアナログレコードが聴ける、ナチュラルワインの角打ちバーとしてオープンしました。 当初は名古屋駅の近くでクラフトビールの店をやっていたんですが、Covid-19の影響で売り上げが減ってしまったこともあり、円頓寺商店街を抜けた那古野と呼ばれるエリアに移ってきました。 もともとウェブの仕事をしていたので、ナチュラルワインのオンラインコマースサイトをやるための事務所として、この場所を借りたんです。
でも、店がなくなってからは何だか寂しくて。 せっかく天井も高いし、また店でもやってみようかなと、今度はナチュラルワインのお店をやることにしました。
もともとクラフトビールのお店をやっていたんですね。
クラフトビールが飲めるバーとして10年近く営業していたんですけど、2018年ぐらいからはヴィンテージサウンドシステムを導入して、以降はDJバーのような形でナチュラルワインも揃え、ローカルのDJを呼んでよくパーティをしていたんです。
音楽もお酒も「場を拡張する」という意味ではすごく近いし、相性もいいと思うのですが、最初からそんな店をやりたいというビジョンがあったのでしょうか?
そんなに難しく考えていたわけではないですけど、ビールやワインを扱うなかで、お酒を飲んでいるとやっぱり音楽がほしくなるじゃないですか。 それで自分で集めていたヴィンテージ機材があったから、単純にそれをくっつけただけの話というか。 本当にノリで自分が気持ちいいと思える空間をつくったという感じです。 もうそんなに若くもないから、夜通しクラブで踊るわけにもいかないし、ゆっくりと、いいお酒といい音が体感できる空間がほしくて。
実は、ウェブの仕事以外にもIDÉEプロデュースの韓国料理店を原宿でやっていたりと飲食業界のバックグラウンドもあったので、そこから派生して何か面白いことができないかと考えていたんです。 でも、単純に飲食をやるというよりは、ウェブの領域で誰もやらないような新しいことができないか、と「Wolfpack Japan(ウルフパック・ジャパン)」というオンラインのレコードプレスサービスをつくったんです。
オンラインで一枚からアナログレコードがつくれるというもので、もちろん、プレス工場やカッティングスタジオと提携しながら、最終的なマスタリングやエンジニアと仕事をしていくわけですが、最後まで音を見届けたいという想いがあったので、最終的にはスタジオを構えるためにカッティングマシンを買うところまでいってしまって(笑)。
もしかして国内に数台しかないと言われているNEUMANNのカッティングマシンですか?
そうなんですよ。 中古で状態のいい西ドイツ製のNEUMANN VMS70が出てきたって連絡をもらって、もちろん高い買い物だからコンディションとかを入念に確かめていたんですけど、いざイギリスから船で運ばれてきて電源を入れてみたら全然起動してくれなくて……。 何とか修理できたからよかったですけど、ちゃんと動くまでに5年かかりました。 本当、ヒヤヒヤでしたよ(笑)。
直ってよかったですね(笑)。
この店のヴィンテージ機材について教えていただけますか?
Altec 9844-8Bのスピーカーをメインに、アンプとしてAltecのトランジスタ式モノラルパワーアンプ1594Bをそれぞれのスピーカーにマウント。 メインアンプはMcIntosh MC2255、真空管プリアンプにはMcIntosh C22、ミキサーはスイスのハンドクラフトメーカーであるVaria InstrumentsのフルアナログロータリーミキサーRDM40を使用しています。
もっと大きなスピーカーを入れたいと思いつつも、そんなに大きな箱ではないので、この感じで落ち着きました。
こんな環境で音楽が聴けるって最高じゃないですか。
昨日も最高でしたよ。 僕の先輩のオーガナイザーがパーティをやっていて、その周年イベントで井上薫さんがDJをしに来てくれたんです。 もちろん自分たちでもイベントはやるんですけど、ローカルのオーガナイザーやDJと仲良くしているので、どちらかと言うとそういう人たちと一緒にイベントをつくり上げていくことが多いです。 狭いコミュニティが故に繋がってしまうと言えばそうなのですが、顔が確認し合える距離感で有機的な繋がりがあるのが名古屋の面白いところ。
ローカルな繋がりが名古屋の町を盛り上げているわけですね。
カスタマーとしては、やはり音好きやワイン好きが集まっているのでしょうか?
そうですね。 お店のコンセプトにあるヴィンテージサウンドシステムでレコードが聴ける点とナチュラルワインという2つの側面にフックして足を運んでくれることになると思うのですが、ナチュラルワインがブームになっていることもあり、ワインを飲みに来るカスタマーがメインになっていると思います。 最近はジブリパークができたからなのか、普段は名古屋をスルーしていたインバウンドの方々も寄ってくれるようになって、特に夜は盛り上がっています。
それにしても、アナログレコードとナチュラルワインという情報量に溢れた質量ある空間に圧倒されますね。
ワインはまだまだ勉強中なんですが、1,200本ぐらいなので店としては少ないほうだと思います。 クラフトビールの店をやっていた時から働いてくれているDJのスタッフがいて、ソムリエとしてワインも熟知しているので、ワインは彼に選んでもらうことが多いです。 アナログレコードは自分のコレクションから持ってきていたり、この店に寄せて買うことも多いですね。 ジャズ、ヒップホップ、レゲエ、ハウスと幅広いジャンルを置いています。
以前はアナログレコードやCDを集めていたんですが、一度手放して一時期はずっとファイル音源を集めていたんです。 当時はいまほどストリーミングサービスが発展していなかったのでパソコンでデータ管理していたのですが、パソコンって買い替えたりするじゃないですか。 それでいつの間にかデータがどこかにいってしまって(笑)。 やっぱり手の届く範囲に置いておくのがいいですよね。 なので、一周していまという感じです。
お酒も音楽も、大事なのは出会い方
Paradise Natureは角打ちバーとしてのリアルな店舗がありながら、オンラインでナチュラルワインのサブスクもやっていますよね?
そうなんです。 どうしてそんなことをしはじめたかと言うと、最初はウェブで音楽配信システムをつくる仕事をしていたんです。 ダウンロードの仕組みをつくって、海外から仕入れたダンスミュージックをそのオンラインショップで2007年ぐらいから販売していて。 それをやりながら、ほかの企業のダウンロードサイトやインターネットラジオの仕組みをつくったり、ウェブのプロダクションをシステムとともに提供する仕事をしていました。
でも、それをやっている途中でダウンロードからストリーミングに移行した時期があって、このままでは仕事がなくなると危機感を覚えたんです。 その時期ぐらいからアナログ回帰がはじまって、またレコードを買いたいと集めるようになって。 それで、アナログレコードのプレスサービスをウェブでつくることになり、そのシステムの延長線上でワインでも同じことができるんじゃないか、とオンラインでナチュラルワインのサブスクをはじめたんです。
ナチュラルワインもアナログレコードも情報としては膨大で、どちらも解像度のあるアイテムが故、近寄りがたいところもあると思っていて。 そういう意味では、レコメンドしてもらうことで間口が広がっていきますよね。
そこに需要があると思っていたんです。 ナチュラルワインも音楽と一緒で、どうやって出会うかが大事だと思っていて。 そこをちゃんとレコメンドで導いてあげることで、もっと楽しく選ぶことができるし、自ずと興味も広がっていくはず。 フレーバーの解像度を上げながら相関関係を視覚化できれば、毎回わざわざ店に選びに行かなくてもサブスクで膨大な情報のなかから自分が好きなワインを毎月届けてもらうことができる。 それってすごく面白いのに、意外と誰もやっていないサービスだったので。
音楽もナチュラルワインもひとつ「好き」という基準ができれば、その軸から新たな旅に出られますよね。
そうなんですよ。 それを言語化するお手伝いをウェブの仕組みでできたら面白いなと思って。 だから音楽を聴きに来てくれた人がワインにハマっていくきっかけになるし、その逆も然り。 この空間を楽しみながらいろいろな人が交差してくれるといいですよね。
このニック・ダーレン(Nick Dahlen)のアートもずっと観ていられるし、ノルウェーのヒップホップビートメーカー、アイヴァン・アヴ(Ivan Ave)のアルバムジャケットにも彼のアートワークが描かれたりしているんですが、すごく良くて。 好き過ぎてインスタグラムで連絡して、3年ぐらい前に東京と名古屋に呼んで個展をやってもらったぐらいで。 ここに飾っているのは、その時に描いてもらったモノなんです。
ワイン、音楽、アートと総合的な要素が心地のいい空間をつくり、それが人びとを魅了しているわけですが、このような空間をつくるに至る原体験のようなものはあったのでしょうか?
2017年に仕事でロンドンに行った時に、「brilliant corners(ブリリアント・コーナーズ)」というモダンジャパニーズレストランに連れて行ってもらったんですが、その空間にすごく感動して、インスピレーションを受けてしまって。 レストランとしての佇まいもいいし、 Klipschのスピーカーが4つ設置されていて結構有名なDJが音楽を流していたりする。 24:00になるとスタッフ総出でテーブルを片付けてパーティがはじまるんですよ。
そんな景色を目の当たりにしたものだから、日本に帰ってきてすぐにナチュラルワインにシフトして、3階建てだったクラフトビール店の屋上をナチュラルワインのサウンドバーにするためにヴィンテージサウンドシステムを入れたんです。 それまでは漠然とクラフトビールの店とレコードプレスサービスを展開していたけど、ようやくそれらを上手く統合することができました。
ジャズ・ピアニストのセロニアス・モンク(Thelonious Monk)が1957年に発表したアルバム『Brilliant Corners』に由来しているレストランの名前からも音楽の匂いがプンプンしますが、そういう原体験がカルチャーを繋いでいきますよね。
やっぱり、そういう体験が大事だなと思いましたよね。
今後、この店でどのような表現をしていきたいですか?
レコードディガーの多い名古屋の人たちにいろいろ教えてもらいながら、ローカルとの繋がりを大切にして面白い状況をつくっていけたらいいですね。 週末にコレクションをかけに来てもらったりしているのですが、サウンドシステムとワインだけはあるので、この空間を存分に楽しんでいってもらえたらと思っています。 そこもbrilliant cornersと一緒ですね(笑)。
日本ワインのクオリティもすごく上がってきているので、これからは揃えていきたいんですけど、量が少ないこともあって畑を手伝わないと分けてもらえないんですよね。 それぐらいしないと手に入らない世界になってきていて。 でも、一方でアメリカ人のエクストリームスノーボーダーがブドウを育てはじめ、2年ぐらい前にようやくリリースされたワインがあるんですけど、いまって本当にいろいろな人がいて面白いですよね。 音楽が好きで一緒に遊べる人たちが増えてきているので、そういう遊びから繋がりを広げながら楽しい時間と空間を共有できたらそれでいいと思っています。
今回Yongboさんにセレクトしていただいた5枚のアナログレコードと1本のワインをご紹介。
Paradise Nature wine&vinyl
451-0042 愛知県名古屋市西区那古野1-15-18 那古野ビル南館114号
052-462-8454
OPEN:15:00~24:00(金土:15:00〜25:00、定休日:月)
Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)