今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。 デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。
「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。 「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。 あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。
MOODMANが考える「アナログ・レコードの魅力」
人生の時間の大半を、レコード屋さんで過ごしてきました。 世界中、どの都市に行ってもちょっと空き時間があるとレコード屋さんで過ごします。 先日、ベルリンにDJに行った時も1人でぶらりと20〜30軒ぐらい回りました。 新譜専門店も行きますが、街中にあるこぢんまりした中古レコード屋さんが好きです。 中古のレコード屋さんにはその都市に住んでいた人々の過去の音楽体験が凝縮されています。 どのような人がその街に住んで、どのような音楽と過ごしていたのか。 勝手に妄想しながら散歩するのが好きです。 例えば、ある時代で時間が止まっているレコード屋さんがあります。 そのような美しい場所からは、あまりレコードを抜かないようにします(笑)。 僕が持ち帰るよりも、そこにあった方が良いこともあるかな、と。 何よりも、レコード屋さんに居るのが好きなんですよね。
レコード屋さんに通う癖がついてしまったのは、小学生の頃です。 家族と地元のショッピングモールに買い物に行った時、ひとり離脱して、その建物に入っていたレコード屋さんで待つようになったんです。 音楽についての知識などまるでないので、ズラーっと並んでいるレコードから気になったジャケットを引っ張り出して、裏面の文字を読むようになった。 1970年代半ばの話です。 初めて自分のお小遣いでレコードを買ったのもそのお店でした。 ゴダイゴのシングルです。 78年のリリースなので、小学校2年かな。
80年代は、地元の貸しレコード屋さんの店員のお兄さんに頼み込んで、外国盤の新譜を入荷してもらったりしていました。 カセットに落として、聴き込みましたね。 その頃に、ニューウェイブやパンク、ダブ、あと12インチシングルという存在に出逢います。 ディスコやクラブには行ったことがなかったので、12インチシングルは謎でしたね。 なのに、リミキサーのクレジットとかチェックしまくりました(笑)。 なんで、こんなアレンジになっているんだろうと違和感を感じつつ、徐々にそのミニマル性に引き込まれてしまった。 12インチの楽しみ方を完全に間違えてますよね(笑)。 その辺りの音楽はFMのごく一部の番組くらいでしか聴ける機会が無く、クラブに行きはじめたのも音楽的な興味からです。 足を運ばないと聴けない音楽がたくさんあったんです。
90年代の初頭にはレコードの買い付けをお手伝いするようになります。 高円寺にできたマニュアル・オブ・エラーズというお店です。 京浜兄弟社の常盤響さん、山口優さんと西海岸に行ったのが、海外のレコード屋さんを巡るようになったきっかけです。 当時、僕はサバービアのDJも担当していましたので、ムード音楽とか、サントラ、レアグルーブ、ジャズなどの買い付けを主に担当していました。 当時、二束三文で売られていた現代音楽とか、フリージャズあたりは自分用に買っていました。
インターネット以前の時代なので、空港に着いてレンタカーを借りたらすぐに、電話帳をチェックして、レコード屋さんとかレコード倉庫の場所を割り出すんです。 90年代はそんなことばっかりやっていたので、文字の読めない都市に行っても、僕がこっちの方角にレコード屋がある!と宣言すると大体、本当にレコード屋がある。 そういう、あまり世の中の役に立たないスタンド(能力)が身についてしまいました(笑)。
レコード屋さんではいまだに、ジャケ買い、クレジット買いが多いです。 基本的に知らないレコードを買います。 参加しているミュージシャンの名前に惹かれる場合ももちろんありますが、演奏者の構成や使用している楽器が気になって選ぶことが多いです。 面白い音が一音でも入っていたら、僕にとっては名盤で(笑)。
ということで、以下、クレジット買いしたレコードをピックアップさせていただきます。 どれもインターネット以前の時代にレコード店で出会ったレコードなので、クレジットを本当によく読んだ(笑)。 買ったお店の空気も含めて、よく覚えています。
MOODMANが「クレジット買い」した5枚のアナログ・レコード
Indoor Life『VOODOO』
90年代の後半、西海岸を訪れる機会が頻繁にありまして。 その時期に中古レコード店の「地元コーナー」で見つけてクレジット買いした一枚です。 サンフランシスコのアートパンクバンドが、1980年にリリースした12インチです。 アルバム裏面を眺めてまず惹かれたのが、楽器の編成ですね。 いちばん上にクレジットされているJ. A. ディーン(J. A. Deane)さんは、トロンボーンとシンセサイザーとテープを担当しています。 この一行だけで、もう購入決定です(笑)。 他の3人のメンバーは、エレクトリックベースと、エレクトリックドラムと、ボーカル。 最高だな…と思っていたら、ゲスト参加でパトリック・カウリー(Patrick Cowley)の名前が!え!すごい!…と。 そんな思考の流れでした。 この12インチはその後、2000年代に入ってから、ポストパンク・リバイバルの際にDJでよくかけましたね。
Tim Souster『Swit Drimz』
イギリスの電子音楽家ティム・スースター(Tim Souster)が1977年に発表したファーストアルバムです。 この作品も90年代に西海岸をぶらぶらしていた時期に、楽器の編成に惹かれてピックアップしました。 いまだによく聴く一枚です。 ミニムーグを筆頭に、EMS、ローズ・ピアノなど、ほとんどの楽器を自分で演奏する宅録的なアルバムですが、そこに混じって、ヴィオラとか、テープディレイがクレジットされている。 で、購入決定です。 さらに、クレジットを読み進めると、B面にブライアン・ウィルソン(Brian Wilson)のメドレーが収録されていることに気づきます。 「Heroes and Villains」もカバーしているので、ヴァン・ダイク・パークス(Vann Dyke Parks)の名前もクレジットが入っています。 まぁ、買いますよね(笑)。 Tim SousterはBBCでプロデューサーをしていたり、ケルンでシュトックハウゼン(Stockhausen)の助手したり、作品がピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez)の指揮で演奏されたり…と面白い経歴の方ですが、その辺の情報は後で知ります。 晩年、TVドラマの楽曲などで活躍されていまして、そちらも追いかけました。 素晴らしい音楽家です。
The Same『Sync or Swim』
こちらも90年代に米国にて安売りコーナーから抜いたアルバムですが、クレジットには何も書いておらず。 逆にその怪しさから購入を決めたレコードです。 まぁ、表面が「テープ」で裏面が「シールド」という地味なジャケットが静かに語りかけてきますよね(笑)。 この作品もよく構成された宅録作品で、一時期ヘビーローテーションしていたのですが、長らく作者が誰だかわからなかった…。 ロバート・コックス(Robert Cox)のプライベート作品であることがわかったのは、00年代に入ってネットワーク上のアーカイブが整備されてくれたおかげです。 サフォークでUnlikely Recordsを運営している人ですね。 彼がリマリンバ(Rimarimba)というユニットをやっていることを知ったのもネット以降になります。 数年前に、リバイバルされましたが、こういう音楽が聴きやすい状況になっているのはすごく良いことだと思います。
Iceberg『Does It Live』
ホテルとか、レストランとか、汽船とか、さまざまなアミューズメントの場を舞台に活躍した専属ミュージシャンのレコードは好きで買うようにしています。 ライブ盤ならさらに良い。 観光記念レコードって、なんだかワクワクしますよね。 こちらは、マイケル・アイスバーグ(Michael Iceberg)のディズニー・ワールドでのライブ盤です。 1970年代半ばから1980年代後半にかけて、ウォルト・ディズニー・ワールドやディズニーランドでエレクトロニック・ミュージックを演奏していたミュージシャンです。 クレジットに書かれている「100th Week at Walt Disney World」とか、「One Human Being Electric Orchestra」というフレーズで購入を決めました。 もともと、イリノイ州でピアノとオルガンの店を2軒経営していたり、ウーリッツァー(エレクトリックピアノ)の凄腕ディーラーだったり、経歴が気になっている人の一人です。 伝記を読みたい。
LABORATORIUM『Modern Pentathlon』
こちらはルーマニアのレコードショップでクレジット買いした一枚です。 レコードショップというか、おしゃれなアメ横みたいな場所で、記憶が正しければ「WAVE」という、六本木WAVEそっくりの看板がかけられていた(笑)。 ポーランドの有名なフュージョン・グループ、ラボラトリウム(LABORATORIUM)が1976年にリリースした作品です。 その頃はまったくポーランドの音楽について知らなかったので、バンドリーダーのクレジットに「ROLAND 2000 STNTH」と書いてあったので買いました。 この日は、ラボラトリウムの作品はもちろん、「Polish Jazz」のシリーズが二束三文だったので、好きそうな編成のレコードだけまとめて購入したのですが、店主さん、久しぶりの売り上げだったようで、僕が買い終わったと同時にシャッターを閉めて飲みに行っちゃってましたね。 あの笑顔は忘れられません。
——という感じで、レコードと向き合ってきた私ですが、先日、縁あって、リスニングルームの音響をプロデュースさせていただきました。 神保町の「肆」というお店です。 レコードの再生環境については、やはり小学生の頃からレコード収集とともに並行して追いかけてきたことであり、楽しんで仕事をさせていただきました。 モノラルのレコードから最新のデータ音源まで、肩の力を抜いて楽しんでいただける空間を目指しましたが、まだまだやりたいことが山積みで、日々、チューンナップを続けています。 今まで聞こえていなかった音、ゴーストのような音が立ち上がってくる。 その瞬間がひたすら楽しい。 自宅に小さなレコード店2〜3軒分ぐらいのレコードがあるので(笑)、ここ最近は己の人生を振り返りつつ、「家ディグ」に力を入れて、音楽と改めて向き合っている次第です。 レコードって、ほんと、面白いですね。 ではでは。
MOODMAN
東京都生まれ。 ムード音楽育ち。 80年代末にDJ活動をはじめて以降、ほぼ毎週末どこかのクラブでDJをしている。 高橋透氏、宇川直宏氏とタッグを組んだ<GODFATHER>をはじめ、数多くのクラブや音楽フェスでレジデントを経験。 記念すべき第一回目のDJをつとめた<DOMMUNE>ではレギュラー番組「MOODOMMUNE」を不定期配信中。 23年、リカルド・ヴィラロボス氏に招聘され、ベルリンの<New Kids On Acid>に出演。 24年、神保町のディープリスニングスペース<肆>の音響設計を担当。 休日は、レコードとボードゲームとポストカード。 ときどき釣り。 散歩コラム「アナログ・フィールドワーク」など執筆も多数。