三軒茶屋駅から歩いて10分ほどのアパートの一室に店を構える「Kankyō Records」。 「住環境でのリスニング」をテーマにセレクトされたレコードやCD、カセットテープ、食器やアパレルなどのホームウエアが、こじんまりとした店内に並んでいる。

店主のH.Takahashiは、音楽家であり建築家。 そのため、このレコードショップは空間設計や音響設計、家具製作を専門とする建築事務所のH.Architectureを併設している。

今年で4年目を迎えるKankyō Recordsは、音楽と空間の両方に目を向け、音楽好きだけではなく、あらゆる人々のニーズに応えるユニークな取り組みをいくつも展開してきた。

レコードショップの範疇を超え、ここまで活動の幅を広げることができるのはなぜか。 そして、今後どのような展望を遂げていくのか。 店主、H.Takahashi(以降、高橋さん)の企てを探ってみた。

音楽と鑑賞者の関係を結び直す「空間」。

まずは、最新の企てについて伺います。 今年4月に、中目黒のアートスペース「光婉」内にリスニングスペース「Home Listening Room」をオープンされましたよね。

Home Listening Roomは、音に集中するための静謐なリスニング空間です。 光婉、そしてKankyō RecordsのロゴやグッズデザインもしてくれているデザイナーのYudai Osawaさん(以降、大澤さん)と共同でプロデュースしました。 音響はドイツの音響機器メーカーAdam Audio、内装にはOshima Prosが扱っている輸入カーペットを導入しています。

Adam Audioの日本法人の代表を務めるKohei Oyamadaさん(以降、小山田さん)は仲のいい友人で、よく集まってリスニング会を開催していたんです。 その延長線上として、「ちゃんとした環境で音楽を聴けるスペースを作りたいよね」という話をずっとしていて。 今年1月にオープンした光婉の中に、工場の防音室として使われていた手付かずの部屋があり、使わせてもらえることになりました。 Oshima Prosは輸入カーペットを専門としているんですが、音楽のイベントを企画していたりするちょっと珍しい会社で、去年、私が出演した「Off Tone」というフェスで声をかけてくれたんですよ。 みんなでどんな空間にするか相談しながら、自分が設計・施工を担当しました。

6月には、このスペースで、音楽との新たな関わり方、楽しみ方を見つけていく音楽リスニングワークショップ「Kanshō/鑑賞」も開催していましたね。

このスペースを活用したインタラクティブな企画に挑戦しました。 オリジナルの資料をもとにチュートリアル的な講義をし、その後Home Listening Room内で実際に音楽を聞いてもらう、というものです。

参加者たちは、知らない人たち同士にも関わらず、感じたことを交換し合う時間が自然に生まれていて驚きました。 実は個人的には、ワークショップにはやや懐疑的だったんです。 「リスニングってそれぞれ楽しみ方があるから、ワークショップで教えられてやるようなものじゃないんじゃないか」と。 しかし実際に回を重ねると、だんだん皆さんの楽しんでもらい方や、自分たちの楽しみ方も掴めるようになったんです。 最初は「教える」立場でいたけれど、むしろ参加者がどう感じたのか聞きたいという感覚になっていって。 下は11歳から、上は60代まで、いろいろな人の感覚に触れることができました。

自分がワークショップをやるなんて想像もしていなかったけれど、このスペース作りを共にした仲間たちが「やろう」と背中を押してくれた。 今年挑戦してよかったことの一つです。


音楽をより深く味わえるような空間と体験づくりをしたんですね。 ご自身のお店Kankyō Recordsも、住環境の中で音楽を楽しんでもらいたいという想いで営まれているのでしょうか。

現代の社会では、家でくつろぐ時間が少なくなってきているように感じます。 家で音楽を聴くことの良さに気付いたのは、大澤さんのオフィスでAdam Audioのスピーカーから音楽を聴いていたとき。 クラブで迫力のある音を聴くのも楽しいけれど、家だったらガヤガヤしていない空間で、ある程度の音量でも音楽のすごく美味しい部分が聴けるんです。 家でもこんなに良い音楽体験ができるということを、現代人の遊び方として広めていけたらいいなと思っています。

高橋さんが、環境というキーワードの中でも「住環境」にフォーカスされているのはなぜなのでしょうか。

住宅建築に、とても興味があったんです。 生活に密着していて、最も身近にある建築空間。 公共建築などに比べて、規模感や大きさもちょうどいい。 身体感覚の延長線上にあるもの──、ル・コルビュジエ(Le Corbusier)のような、パーソナルスペースから少しずつ広がっていく空間が好きなんです。

建築学科を志した高校生のとき、安藤忠雄さんの『住吉の長屋』という住宅建築に感動した思い出があります。 なんて言うんですかね、住む場所なのにとても抽象的で、彫刻的でもある。 ああいう、どっちつかずなものというか、曖昧なものに興味がある。 住むための装置ではなく、身近にあるけれど建築としても成立しているものに魅力を感じるんです。

“補助”という、アンビエント的あり方。

最近の企てとして、ZINE『HOJO』も作られていましたね。

『HOJO』は、音楽を中心にデザイン、アート、建築、インテリア、音響など、暮らしを “補助” する情報発信の雑誌です。 インタビューやアートワーク、コラムなどのコンテンツで構成されています。 自分たちが表現したものをきっかけに、読者のクリエーションのきっかけになったらいいですね。 そういう意味での “補助” が、個人的には強く含まれています。 自分が若い頃、考えのベースになるようなものに助けられたという感覚があるので、そういうものを今度は自分が届けられたらと思っています。


誌面で、大澤さんが「不完全な人間としてお互いに補助し合っていこうということを、この雑誌を通して表現したい」とおっしゃっていたのは、とてもしっくりきました。 “補助” というあり方自体が、とてもアンビエント的ですよね。

「音楽も部屋のインテリアも生活それ自体も、それぞれが相互に作用するもの、補助し合っているものではないかという考えです。 音楽だけで音楽鑑賞が成立するわけではないのではないか、ということです」とも話していますね。 さまざまなものとの関係性によって成り立つ、というあり方は、まさにアンビエント的だと思います。

実は当初、お店の名前を「HOJO」にしようとしていたんです。 しっくりくる店名が思い浮かばず悩んでいたとき、大澤さんが「高橋くんは何がしたいの?」と問うてくれた。 そこで自分からぱっと出てきた言葉が「補助」だったんですよ。 結果的に、違う名前にしようということになり、現在の「Kankyō Records」がありますが、3年前の当時彼がつくってくれたHOJOのロゴを、ZINEにそのまま採用しています。

お店のコンセプトそのものが “補助” でもあるのですね。 カセットやレコードだけでなく、オリジナルの香りのプロダクトやTシャツなども置かれていますが、オリジナルプロダクトにも “補助” という考え方がベースにあるのでしょうか。

まさにそうです。 オープン初期に、店の思想を表すものとしてダイヤグラム(図表・下の写真左)を作ったんですが、完全にバウハウスから着想を得ています。 いろいろなものが結びつき、補助しあってできている考え方──、だからバウハウスの思想に惹かれるんです。

ダイヤグラムでは、真ん中にサウンドがあって、それを補助するようなかたちでライティングや音響空間、インセンス、インテリアが並びます。 実はこれ、家を上から見たような構造なんです。 この考え方の延長線上にあるようなプロダクトを作っていきたいですね。


新しい企画やプロジェクトを立てるときは、どのように着想しているのでしょうか。

実は、酔っぱらっている時にアイデアがいっぱい出てくるんです。 それをメモしたり、スケッチしたりしています。 そのアイデアを、大澤さんとのデザイン会議で提案しているんですが、ボツになるものもたくさんあります。 次の日に改めて見ると、全然よくないことが多い(笑)。 次の日の朝に見ても面白そうだなって思うものだけ進めていく感じです。

日常的にアイデアを考える時間を作っているんですか?

閉店後に、ひとりで、1〜2時間お店で飲みながら考える時間を作っています。 家に帰ると子供がいるので、考えるモードではなくなるんです。 あとは、朝一番もいいですね。 最近は、朝起きてそのまま布団の上で音楽を作ったり、アイデアを練ったりしています。 朝は頭が冴えているし、リラックスしている状態が一番いい。 酔っぱらって作ると、大体ダサいというか、洗練された感じがなくなっちゃう。 理論的でなく感情的な感じになっちゃうんですよ(笑)。


いまの企て、これからの企て。

これまでの取り組みについて伺ってきましたが、近い将来に向けて企てていることを教えてください。

今、新しいプロジェクトを進めています。 「カーミュージック」がコンセプトで、車のエアフレッシュナーとカセットテープを組み合わせた商品です。 定かではありませんが、カセットカルチャーが復活を遂げたのは、アメリカの若者が中古車に乗る頻度が増えたことにあるようです。 中古車のオーディオには、カセットプレイヤーが搭載されているんです。 だから、車で聞くためにカセットを買う人が増え、カセットカルチャーが盛り上がっていった。 それと同時に、 実験音楽やヴェイパーウェイヴが流行り、その一環でアンビエントやニューエイジも再び脚光を浴びるようになりました。

私自身も、カセットテープを車で聞くのがめちゃくちゃ好きなんです。 カーオーディオって結構いいんですよ。 あと、車内って密室というか部屋じゃないですか。 景色が移り変わるパーソナルスペースで、なかなか面白い環境だと思います。 アンビエントって眠くなる成分も入ってると思うので、今回作っているカセットは、ハウスやダブが混ざったラインになる予定です。 ind_fris(インド・フリス)さんに楽曲制作をお願いしています。 「カーミュージック」というコンセプトは、作家さんにインスピレーションを与えやすいんじゃないかな。 言ってしまえば、なにを流してもいいわけですから。

新しいプロダクトを作るとき、環境への視点はどのように持っているのでしょうか。 チャリティーコンピレーションアルバム『Music for Resorts』では、レコードにリサイクルプラスチックを使用したり、環境に配慮した取り組みをされている印象があります。

できる限り、無駄なものを作りたくないという感覚が昔からあるんです。 実は、プロダクトを作ること自体に若干抵抗感もあるんです。 新しく作るということは、絶対に何らかの負荷が環境にかかるので。 リサイクル素材を使用することで、何らかのかたちで環境への負荷を軽減しているのではないか。 環境に優しいプロダクトの方が生産コストは多くかかりますが、社会活動として大切だと考えています。

個人の音楽制作で、やってみたいことや夢はありますか?

個人の音楽制作では、公共空間の音を作りたいという願望があります。 尾島由郎が担当した青山のスパイラルビルの館内音楽や、ブライアン・イーノ(Brian Eno)が担当した空港の音楽のような分野はいつかやってみたいです。

ちょっと変わった空間における、サイトスペシフィックな表現に興味があるので、病院や温泉など、別のジャンルのものや空間とコネクトできたら面白いなと思います。

その空間ならではの表現ということですね。 そういうもので、今までに面白いと思った作品はなにかあるのでしょうか。

アンビエントの空間体験として、最高な体験をしたのが、大竹伸朗さんが直島に作った「I♥湯」という銭湯です。 ちょっとミーハーなんですけど(笑)お風呂としてはめちゃくちゃシンプルなんですが、天井からトップライトの光と共に、降り注ぐような感じでアンビエントが流れていて。 そこで聞いたのが、ブライアン・イーノとロバート・フリップ(Robert Fripp)の名盤『Evening Star』だったんです。 お風呂じゃなくてもプールとか、リバーブ空間みたいなところがいいですね。 その時の体験は本当に心地よかった。


Kankyō Recordsとしての高橋さんの夢はなんですか?

最終的には、複合スペースのような場所を作りたいです。 店舗や演奏できるスペース、そして住宅的な機能……。 拠点がいくつかあるのは面白そうです。

大澤さんがこの前酔っぱらって話していたんですが、 山梨などに土地を買って、スタジオを作って、それを囲うように私や大澤さん、小山田さんの家とかがあって、みんなの家が廊下で繋がってたらいいねって。 くだらないアイデアなんですけど、最終目標があると頑張れるし面白いですよね。

「誰かと作る」ことがお好きなんですね。 それも “補助” 的だと感じます。

大澤さんや、カーペット販売のOshima Prosも違う業界の人たちですが、共通点として音楽があるんです。 共通する思いやリスペクトを持つ方たちと、ものづくりをするのは本当に楽しいこと。 色んな発見があるので、同じ方向を向いてる別ジャンルの人たちと繋がっていけたら嬉しいです。 今後もそういうお話をいただけるように、頑張っていきたいと思っています。

最後に、少し妄想的な質問ですが、高橋さんが音楽フェスを開催するとしたらどんなフェスをやりたいですか? そして、ヘッドライナーは誰でしょう?

数年前に、熱海のホテル「ニューアカオ」の改装前にフェスが開催されていたのは、すごく良いなと思いましたね。 すぐ外に海もあるし、ああいう、いろいろな空間から成り立つ建物を貸し切ってフェスができたら最高だろうな。 ホテル繋がりで他に良かったのは、「Frue」。 敷地内のホテルに泊まれたり、徒歩圏内にあるゴルフ場も会場になっていたりして。 建築だけではなく外部空間もある場所が良いですね。

ヘッドライナーは、細野晴臣さんですかね。 神みたいな存在なので。 最近はアンビエントを作っていないですが、カセットブック『花に水』などの作品にはすごく影響を受けました。 ダントツで、細野さんですね!

H.Takahashi

東京を拠点とする作曲家、建築家でありレコード・ストア【Kankyo Records】のオーナー。 アンビエント作家としてUKの【Where To Now?】、USの【Not Not Fun】、ベルギーの【Dauw】や【Aguirre】、日本の【White Paddy Mountain】といったレーベルからアンビエント作品をリリース。 また、“やけのはら” 、“P-RUFF” 、“Yudai Osawa” とのライブユニット “UNKNOWN ME” や “Atoris” としても活動。 2024年からは、Atorisでも共に活動する “Kohei Oyamada” とのユニット ”H TO O” として活動を開始、デビューアルバム『Cycle』がUK【Wisdom Teeth】よりリリースされた。

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Kankyō Records

住環境でのリスニングをテーマにアンビエントを中心としたレコード・CD・カセットテープを取り扱うレコード店として2021年に営業を開始。 音楽を中心に音響、内装、照明、香りなど空間的なアプローチのもと、食器などのホームウエアやインセンスなどの雑貨を取り扱う他、設計事務所として空間の提案 やプロデュースも行う。 2023年からレーベルとしての活動を開始。 エッセンシャルオイルとカセットテープを合わせたプロダクト『Sound Incense』など様々なシチュエーションでのリスニングを提案。 2024年4月より、中目黒駅至近のギャラリースペース『光婉/Koen』内に、リスニングスペース『Home L istening Room』を光婉と共同でオープン。

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Words & Photos:Hinata Matsumura
Edit:Sara Hosokawa