カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。 歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。 ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。

ウェザー・リポートの「Birdland」

1977年リリースの『Heavy Whether』は、 ウェザー・リポート最大のヒットアルバムであると共に、ジャズフュージョン史における大ベストセラー盤と言ってよい。 加えて前年に加入したベーシストのジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)の人気を決定付けたアルバムとも言え、結果的にグループは絶頂期を迎えることとなる。 そんな同作の1曲目に収録されているのが、 今回採り上げる「Birdland」だ。

ウェザー・リポートの「Birdland」

ウェザー・リポートは、オーストリア生まれのキーボーディスト ジョー・ザヴィヌル(Joe Zawinul)と、米国人サックス奏者ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)が中心となって1970年に結成されたスーパーグループ。 節目節目でベーシストやドラマーが入れ替わったが、前述の2人をコアメンバー として86年まで活動した。

「Birdland」の特色は、ザヴィヌルが弾くシンセサイザーによるスケール感豊かなイントロに続いて、ジャコによる特徴的なベースリフが差し込まれる。 やがてショーターがサックスでテーマを奏でるのだが、やはり最大の特徴は、ジャコのフレットレスベースが繰り出すピッキング・ハーモニクスによる斬新かつダイナミックなリフに尽きる。

ちなみに「Birdland」とは、米ニューヨークにあった老舗ジャズクラブのこと。 ジャズの巨人チャーリー・パーカー(Charlie Parker)が根城にしていたことでも知られる。

マンハッタン・トランスファーの「Birdland」

「Birdland」をカバーしたマンハッタン・トランスファー(The Manhattan Transfer)は、米国を拠点に活躍する男女2人ずつの4人編成コーラスグループで、このカバー演奏の大ヒットで世界的な人気を得た。 その演奏は79年発表のアルバム『Extensions』に収録されている。 プロデュースは米ウェストコーストで活躍していたギタリスト/コンポーザーのジェイ・グレイドン(Jay Graydon)で、スティーブ・ルカサー(Steve Lukather)やジェフ・ポーカロ(Jeff Porcaro)を始めとした西海岸の腕利きミュージシャンが多数参画している。

マンハッタン・トランスファーの「Birdland」

元々がインストゥルメンタルであったバードランドに詞を付けたのは、ヴォーカリーズ*の第一人者であるジョン・ヘンドリックス(Jon Hendricks)。 前述の背景もあって、チャーリー・パーカーを讃えつつ、クラブに去来したジャズミュージシャンの活躍をクラブの栄光と共に描写した詞になっている。 特に女性陣がリードする躍動的なコーラスは、リッチなハーモニーも相まって力強い溌剌とした歌唱がとても印象的だ。 ちなみに同曲は、グラミー賞の最優秀ジャズ・フュージョン・ヴォーカル賞など2冠を獲得した。

*もともとは楽器のソリストが奏でた即興のメロディに合わせて、歌詞を当てはめて歌うもの。 ジャズの歌唱法の一つ。

曲を書いたザヴィヌルは、ヒットチャートの一件からマンハッタン・トランスファーにたいそう感謝していた。 一方でマンハッタン・トランスファーも、ウェザー・リポートといつか共演したいと望んでいたという。

それが実現したのが、84年に米ハリウッドボウルで行われた「プレイボーイジャズフェスティバル」だ。 折しも何度目かのメンバーチェンジを経たばかりのウェザー・リポートは、新加入のベーシストやドラマー等の初お披露目のステージでもあった。 その実況盤がElektra Musician(エレクトラ・ミュージシャン)からリリースされた2枚組のライブ盤である。

Elektra Musician(エレクトラ・ミュージシャン)からリリースされた2枚組のライブ盤

観客の大歓声に迎えられ、イントロが始まってベースとヴォーカルがユニゾンを始める。 オリジナルにほぼ忠実な展開だが、テンポはいくらか早めで、パワフルな演奏が存分に楽しめる。

Words:Yoshio Obara