新しい音楽との出合いはレコードやサブスクだけじゃない。 本に収められた文章やビジュアルをきっかけに新しい音楽を知ることもある。 音楽家のエッセイ、ジャーナリストによる論評、ライブ・コンサートの写真集、ジャケットのアートワーク集だったり、ページを進める度に広がっていく音楽の世界。 読書家のあの人が選ぶ3冊の本が教えてくれる、音楽を読む愉しさ。
音楽が聴こえてくる3冊
情景が浮かぶ音楽を好んで聴いている。 だからだろうか、書籍はページから音楽が聴こえてくるものに惹かれる。 折に触れて取り出して、脳内で音楽を再生している愛すべき3冊。
Artwork of Pacific Jazz Records by William Claxton and Hitoshi Namekawa『JAZZ WEST COAST』(美術出版社)
写真から音楽が聴こえてくる。
ジャズを海に連れ出した男、フォトグラファーのウイリアム・クラクストン(William Claxton)は、50年代のカリフォルニアのサンタモニカ・ブルーヴァードに設立されたレーベル「PACIFIC JAZZ」のレコード・ジャケット写真を数多く手がけた。 その作品集のページを開けば、カリフォルニア・クールとも呼ばれた軽やかなジャズのアンサンブルが聴こえてくる。 彼の写真は、それまでの東海岸のジャズのアルバム・ジャケットのモノクロームの世界を西海岸の太陽の下の色鮮やかな世界へと塗りかえた。
お気に入りのページは、トランペットを持ったダイヴァーが太平洋の海辺にあがってくる『JAZZ WEST COAST Vol.3』のジャケット。 1曲目のジェリー・マリガン・セクステット(Gerry Mulligan Sextet)の演奏が好きで、レコード屋の店頭の“Various”コーナーでこのアルバムを見つけるたびに買ってしまい、家にはアメリカ盤、フランス盤、日本盤など全部で4枚もある。
和田誠 村上春樹『Portlait in Jazz』(新潮文庫)
絵と文章から音楽が聴こえてくる。
今にも歌いだしそうなジャズ・シンガーを描いた和田誠の絵と文章にはリズムが大切だと語る村上春樹のテキスト。 和田誠がとらえたミュージシャンの表情はまさにその人の性格を表しているよう。 独特の響きを感じるテンション・コードを多用したような村上春樹の音楽の文章は、彼の絵ととても相性がよく、ジャズ好きなふたりが合奏するかのように軽やかにページが進んでいく。
お気に入りは、村上春樹が贔屓だと公言するスタン・ゲッツ(Stan Getz)のページ。 ゲッツを愛する彼の気持ちが文章ににじみ出ていて、ゲッツのレコードの文学的ライナーノーツを読んでいるよう。 特に文庫本のラスト8行は、ゲッツの音楽の魂が文章に乗り移ったような気迫さえ感じてしまう。
文庫版は、単行本の上下巻2冊をひとつにまとめ、さらにボーナス・トラックが3編も加えられているので、ひっぱり出すときはもっぱら文庫本。
YOSHIMURA HIROSHI『Ambience of Sound, Sound of Ambience』(神奈川県立近代美術館)
五線譜から音楽が聴こえてくる。
2023年の春から秋に鎌倉で開催された環境音楽の先駆者であった吉村弘の展示は素晴らしかった。 聴こえてくる音は水のように自由で、目を閉じると無限のサウンドスケープが広がっていた。 彼の音楽からは風景が浮かび、風景の中に音楽が聴こえる。
美術館には、彼が手掛けたさまざまな作品やその背景まで詳細に展示され、特にその会場で配布された30ページを超える図録冊子は読み応えがあった。 彼の音楽人生を一冊に凝縮するように会場の作品や資料を網羅し、表紙に描かれた絵楽譜と呼ばれる作品は、五線譜が途中から鳥の絵に代わり、彼は音楽家であると同時にデザイナーであることを物語っている。 誌面にある彼の手描きの楽譜も美しく、額装して飾りたいほど。 きっとデザインするように作曲していたのだろう。
美術館を出たら、蝉の声やクルマの走行音や人々の会話や海風など街の音がすべて音楽に聴こえてきた。
吉本宏
選曲家・音楽文筆家。 SUBURBIA~Café Après-midiプロダクツでの執筆やUSENでの選曲、ホテルやショップの店内音楽監修、雑誌への寄稿やCD のライナーノーツなどを手がける選曲&音楽文筆家。 bar buenos airesやresonance musicなどのレーベルを友人とともに主宰し、コンピレーションCDの制作などを手がける。
Edit:Shota Kato(OVER THE MOUNTAIN)