スピーカーの振動板には、さまざまな色艶や形状のバリエーションがあります。 それは、用途に応じて素材や構造を使い分けているからです。 今回は、主にウーファーやフルレンジに用いられる振動板の素材、紙パルプについて、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。
加工の工夫で変化する音の響き
今からおよそ100年前、蓄音器がアコースティックから電気再生へ大きな一歩を踏み出した時、振動板はほぼ100%が紙パルプ製でした。 その理由は絶対的に軽い素材であることがまず1点、そしてその当時から紙は微妙な材質のブレンドや厚み、製造工程の工夫によって、必要な特性へ追い込むことが比較的容易だったからです。
具体的な例を挙げると、同じ口径と目方のパルプ振動板でも、製作時に強い圧力でプレスすると、パリッとして音が遠くへよく飛ぶ傾向があり、一方パルプをすいて振動板の型へ規定量を収め、そのままプレスせずに水を切って乾かしただけのノンプレス振動板は、ふっくら厚みがあってコクの深い音質になりやすいものです。
また、紙パルプは木材や草の繊維を叩いて細かく砕く(叩解=こうかい、といいます)ことによって作りますが、強い力で短時間に叩解すると繊維が短く、必要最小限の力で長時間かけて叩解すると長くなります。
短繊維のパルプは、同じ質量でも長繊維のパルプに比べて強度は劣りますが、高音の方へよく伸びた音を再生することが知られています。 逆に長繊維のパルプは強度に優れ、低域方向に踏ん張りが利く方向性です。
紙パルプの音質は材料でも変化する
また、パルプを作る元の素材でも音が変わってきます。 高級スピーカーのカタログに「スプルース・コーン採用」などと書かれていることがありますが、これはバイオリンやギターの表板に使われる上質の針葉樹から作られたパルプを用いた振動板であることを示しています。
一方、最近は木材よりも成長が早いため、供給が安定して環境負荷も低いとされる、ケナフをはじめとする草の繊維も、振動板用のパルプとしてしばしば用いられるようになってきました。 それで木材パルプに比べ、音質が劣化した感じはありませんから、使い方によってはとても有用な繊維なのでしょうね。
そういったさまざまなキャラクターを持つ素材を、物によっては単一で、またはブレンドして用いるのが、パルプ振動板ということができそうです。
紙パルプの弱点を補う新たな素材の模索
パルプによる振動板は、ダイナミック型のスピーカーが開発されてからこの方、現在に至るまでずっと使い続けられています。 それだけスピーカーの振動板に適した素材だった、といってしまっても問題ないのでしょうね。
一方、パルプ振動板は特に日本では梅雨時に音が冴えない、具体的には何となく音がこっちへ飛んでこなくなり、音楽の活気を伝えにくくなる、という傾向があります。 湿度が高いとパルプそのものが空気中の水分を吸収し、質量が重くなって音を飛ばす性能が下がってしまうのですね。
また、長期的にはやはり紙ですから劣化は免れず、管理が悪いとカビが生えてしまったりもしがちです。
長い年月にわたり、特にコーン型(すり鉢のような斜面を持った形状)の振動板にはほとんどワン・アンド・オンリーの素材だった紙パルプですが、先に記した気象条件の変化で音が不安定なことや経年劣化などの問題があり、スピーカーの開発を手がけるエンジニアは、新しい素材を常に模索してきました。
振動板に使える新素材が発見、あるいは開発されるまで、当時のスピーカー・エンジニアはパルプ振動板の表面、あるいは表裏にさまざまな素材のコーティングを施したり、木質以外の繊維や粒子を含有したり、いろいろと工夫をしてきました。 その結果、パルプ振動板も大きな進化を遂げるのですが、エンジニアはさらに大きなブレークスルーを求めて、新素材へと開発を進めていきます。
Words:Akira Sumiyama