皆さんは音楽を聴いて心が落ち着いたり、演奏してストレスを発散させたりした経験はないでしょうか。 この、音楽が心身にもたらす効果を利用し、心や体の健康維持・改善、リハビリテーションなどを支援するのが「音楽療法」です。 音楽自体はだれでも気軽に楽しめますが、音楽療法を行うには専門的な知識や技術を持つ「音楽療法士」のサポートが欠かせません。 ここでは音楽療法の具体的な内容や音楽療法士について紹介していきます。
「音楽療法」とはどんなもの?
一般社団法人 日本音楽療法学会によると、音楽療法とは「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを活用して、心身の障害の回復や機能の維持改善、生活の質の向上、問題行動の改善などを目的として、音楽を意図的、計画的に使用すること」と定義されています。
音楽が持つ力を利用したリハビリテーションの一種で、医療現場や福祉施設、教育機関などで行われています。 同学会では、その効果を大きく「生理的」「心理的」「社会的」の3つに分類しています。
生理的効果
心拍数、血圧、自立神経系への働きかけ
心理的効果
リラクゼーション、気分の転換の提供
社会的効果
他社への意識、自己の役割意識の場面提供
「音楽療法士」の役割って何?
音楽療法士は、音楽療法を通して対象者の病気や障害、行動などを良い方向に変えていく専門家です。 音楽療法は医療行為ではありませんが、医師や看護師、理学療法士、作業療法士、特別支援学校教諭のような他の専門家と協力して対象者の状態やニーズに合わせたプログラムを提供します。 主な役割は次の通りです。
音楽療法プログラムの計画と実施
対象者のニーズや状態に合わせて、適切な音楽療法プログラムを計画し、実施します。
評価とフィードバック
音楽療法の効果を評価し、必要に応じてプログラムを調整します。 また、対象者や家族にフィードバックを行います。
専門家との連携
医師、看護師、理学療法士などの他の専門家と連携し、包括的なケアを提供します。
教育と啓発
音楽療法に関する知識や理解を深めるために、講演会やワークショップを開催したり、啓発活動を行ったりします。
「音楽療法士」になる方法は?
音楽療法士は、国家資格ではなく団体や組織が認定する民間資格です。 認定団体には前述の日本音楽療法学会のほか、全国音楽療法士養成協議会や日本インストラクター技術協会、一般社団法人 兵庫県音楽療法士会などがあり、音楽療法士の育成や啓発などを行っています。 資格の取得方法は各団体により異なり、ここでは日本音楽療法学会の認定資格を例に紹介します。
日本音楽療法学会の資格のルートは大きく2つに分けられます。
認定校コース
音楽療法士資格試験受験認定校へ入学し、音楽療法について体系的に学びます。 認定校は東邦音楽大学、国立音楽大学、聖徳大学などで、全国各地にあります。 これら学校に入学後、必要なカリキュラムを修了すると「音楽療法士(補)」の受験資格を得られ、合格すると認定校の卒業とともに音楽療法士(補)の資格が取得できます。 その後、面接試験を経て晴れて音楽療法士に認定されます。
必修講習会コース
日本音楽療法学会が主催する「音楽療法士(補)」の資格取得のための研修に参加します。 参加には「日本音楽療法学会の正会員である」「専門学校卒以上」など必要な条件があるほか、受講前にピアノ実技や音楽理論、小論文等の試験に合格している必要があります。 条件を満たすと講習会に参加でき、約2年半にわたり講習を受けます。 講習で要件を満たすと面接試験を受ける権利を得られ、合格すると音楽療法士(補)の受験資格を得られます。 音楽療法士(補)に合格した後、面接試験を突破すると音楽療法士の資格を取得できます。
いずれのルートも音楽療法士の資格取得までに複数年かかり、高い専門性の知識とノウハウが必要なことがわかります。
音楽療法はどんな人に有効なの?
音楽療法は、子どもから高齢者までさまざまな背景やニーズを持つ方が対象となります。 特に音楽療法が効果的であるとされるのは次のような方です。
- 精神的・心理的な問題を抱える人
- 認知症患者
- 自閉症スペクトラム障害(ASD)の人
- 発達障害を持つ子ども
- 身体的なリハビリテーションが必要な人
- 高齢者
- 慢性疾患や重篤な病気を抱える人
いずれも音楽を聴く、演奏する、歌う、音楽に合わせて体を動かすなど、多様な方法を用いて、音楽療法士が対象者一人一人に合わせたプログラムを作成します。
音楽療法を受ける流れ、手順とは?
音楽療法を受ける一般的な流れは下記の通りです。
(1)初期相談
音楽療法を受けるには、医療機関や介護施設に相談します。 多くの場合、主治医や介護スタッフからの紹介を通じて音楽療法士との初期相談が設定されます。
(2)情報収集・可能性の判断
音楽療法士が提携機関から基本情報(年齢、病歴、現在の健康状態など)を収集し、音楽療法を適用できるか判断します。
(3)評価
音楽療法士が対象者や家族と話をし、身体的・心理的状態を評価し、ニーズを確認します。
(4)治療計画の作成
調査結果に基づき、具体的な治療計画(プログラム)を立てます。 ここでは目標や使用する音楽、頻度などが決められます。
(5)実施
計画に沿って音楽療法のセッションが行われます。 具体的な活動は音楽を聴く、演奏する、歌うなどです。
(6)進捗の評価とフィードバック
一定期間ごとに音楽療法士がセッションの効果を多面的に評価します。 この結果から、プログラムを必要に応じて調整していきます。
(7)終了とフォローアップ
目標が達成されたり、効果がなかったりと判断されると音楽療法セッションは終了となります。 実施後も必要に応じて追加のサポートや別の音楽療法の提案が行われます。
音楽療法の具体例は?
介護施設や病院ではどのように音楽療法が行われているのでしょうか。 具体例を紹介します。
西広島リハビリテーション病院
広島県広島市佐伯区の「西広島リハビリテーション病院」では、リハビリテーションに音楽療法を活用しています。 行っているのは主に「神経学的音楽療法」というもので、脳血管疾患の患者さんが対象です。 入院時に評価を行い、効果があると考えられる方に実施しているそうです。
例えば、「リズムによる聴覚刺激」では、理学療法士と歩行練習を行う際に音楽療法士のメトロノームや患者さんの好きな音楽のリズムに合わせて、動作パターンを安定させる訓練を行います。 音楽に合わせた方向からスタートし、最終的に音楽がなくてもスムーズに歩行できることを目指します。
他にも、ラジオ体操やカラオケ歌会など、音楽を通じてコミュニケーションの輪を広げる活動も活発です。 リハビリ中に声を掛け合うようになった患者さんもおり、社会的活動の訓練にも役立っているといえます。
音楽が医療や介護と密接に結びつき、心身の健康維持や改善を促す「音楽療法」。 どんな人の心にも音楽はともにあります。 心身に問題を抱えている方が周りにいたら、音楽療法を活用するもの一つの手段です。 専門家に相談してみてはいかがでしょうか。
Words: Kosuke Kusano