「オーディオライターのヴィンテージ名機紹介」ではオーディオの歴史の中で傑作と呼ばれ、今でも愛され続ける機材をオーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきます。 今回ご紹介するのは、Marantz(マランツ)のプリアンプ〈Model 7〉です。

Marantzの創立

Marantzは現在日本国籍で、大きなオーディオメーカーのコンソーシアム(共同企業体)に所属していますが、生まれはアメリカです。

電気関係の技術者でインダストリアル・デザイナーのソール・バーナード・マランツ(Saul Bernard Marantz)氏は、友人のスタジオへ導入するためのプリアンプを設計・開発します。 よくできたプリアンプだったので、自宅でも同じものを作って使っていたら、その音を聴いた友人・知人から「私にも作ってほしい」という声が殺到、注残が400台にも達したので、ニューヨーク州に会社を興しました。 1953年のことです。 それが、現代にも続くMarantzの第一歩となりました。

全ての音に対応した第1号機

「Audio Consolette(オーディオ・コンソレット)」と名付けられたMarantzの第1号プリアンプは、当時乱立していたレコードのイコライズ・カーブへすべて対応しており、それが多くのオーディオファイルへ受け入れられる要因になった、とされています。

残念ながら私はその音を聴いたことがないのですが、しかしAudio Consoletteが激賞された一番の項目が「音の良さ」であったことに、疑いの余地はありません。

ソール・マランツ氏と彼の会社は、Audio Consoletteの販売が軌道に乗ったことを受け、技術者を雇用して新たな製品を生み出していきます。 また、1950年代の中盤~後半は、オーディオが「ステレオ化」という一大変革を迎えた時期で、それに対応する必要もありました。

モノラルからステレオへ、そして誕生したModel 7

marantz Model 7(右)と、モノラル・パワーアンプのModel 9(左)。 ソール・マランツ氏が率いていた頃の同社を代表する製品群である。
marantz Model 7(右)と、モノラル・パワーアンプのModel 9(左)。 ソール・マランツ氏が率いていた頃の同社を代表する製品群である。

Audio Consoletteは、音質向上と量産対応を求めて、「Model 1」へ進化しましたが、それはまだモノラル・プリアンプでした。 その回路をベースにしつつ、ステレオへ対応した新世代のプリアンプ、それが「Model 7」です。 「Marantz 7」と愛称され、初期の圧倒的代表作となりました。

モノラル→ステレオという過渡期に生まれたプリアンプであることから、Model 7には現代製品と一風違う機能性が盛り込まれています。 まず、左右2本のスピーカーから左チャンネルの音のみ、同右のみ、左右をミックスしてモノラルに、といった切り替えが可能な「モード」ツマミが代表といってよいでしょうね。 ステレオ端子の左右へ、モノラルのラジオなどを別に2台つなぎ、その両方を左右のスピーカーから流すための工夫です。

また、入力機器を選ぶセレクタもー、「FM Multiplex」と「FM – AM」と書かれたポジションが独立していますし、「TV」なんてポジションも存在しています。 当時のアメリカはモノラルのFM局とステレオ局が混在し、テレビ放送もごく一般的になっていたことが分かります。 今でいうマルチメディア時代の初期だったのでしょうね。

セレクターが多彩なのもModel 7の大きな特徴で、TAPE-HEADとあるのはオープンリール・デッキのテープヘッド出力を直接接続する端子。 MICROPHONE端子も装備されているのも、現代オーディオにはほとんど見られなくなったところであろう。
セレクターが多彩なのもModel 7の大きな特徴で、TAPE-HEADとあるのはオープンリール・デッキのテープヘッド出力を直接接続する端子。 MICROPHONE端子も装備されているのも、現代オーディオにはほとんど見られなくなったところであろう。

今となっては、機能自体が省略されることの多くなったトーンコントロールですが、Model 7は何と左右独立して調整することができます。 周波数特性を上下させる節となる「ターンオーバー周波数」も、低域は50Hzと100Hz、高域は5kHzと9kHzに切り替えることができます。

ちょっと面白いのは、高域のターンオーバー調整ツマミに「5kc」「9kc」と書いてあるのですね。 これは周波数の単位が「ヘルツ = Hz」に統一される前、「サイクル = c」が使われていた頃の表記です。

フロントパネル中央部のトグルスイッチ群。 手前2つがトーンコントロールの高域/低域ターンオーバー切り替え、3つめはフォノイコライザーのカーブ切り替え、4つめはテープ・モニターのON/OFFである。
フロントパネル中央部のトグルスイッチ群。 手前2つがトーンコントロールの高域/低域ターンオーバー切り替え、3つめはフォノイコライザーのカーブ切り替え、4つめはテープ・モニターのON/OFFである。

Model 7は豊富な機能性を誇った一方、Model 1から省略されたものもあります。 レコードのイコライズ・カーブすべてに対応する機能です。 とはいっても、オールドSPとコロムビア・カーブ、そして新たに制定されたRIAAカーブへは対応させています。

これは、全米レコード協会(これの略称がRIAA)がイコライズ・カーブの統一を働きかけ、1954年以降に発売されたレコードは、RIAAカーブを採用すると決まったからでしょう。 もう一つがコロムビア・カーブなのは、RIAA以前は米本国で最も一般的に採用されていたカーブだからと考えられます。

高解像な真空管プリアンプ

セパレートアンプを選ぶ時、真空管プリアンプには真空管パワーアンプ、ソリッドステートにはソリッドステートを選ぶのがよい、という説があります。 これは、例えばパワーアンプなら、真空管に比べてソリッドステートは再生周波数帯域が広く、それならやはり再生帯域の広いソリッドステートのプリアンプを組み合わせるべきだ、というような話で、それには一定の説得力があります。

しかし、Model 7に関してそれはほぼ当てはまらない、といってよいでしょう。 非常にワイドレンジで高解像度な、ある種ソリッドステート的な持ち味と、真空管でなければ表現することが難しい音楽の情熱、とりわけ歌の艶めかしさを持つ、稀有な真空管プリアンプです。

現代アンプではまず見かけることがなくなった、左右独立のトーンコントロール。 搭載されていないイコライズ・カーブへ周波数特性を近づけるため、この時代はトーンコントロールが現代より重要だった。
現代アンプではまず見かけることがなくなった、左右独立のトーンコントロール。 搭載されていないイコライズ・カーブへ周波数特性を近づけるため、この時代はトーンコントロールが現代より重要だった。

中でも、低域をがっしりと力強く表現し、音楽を骨太かつ立体的に表現することにかけて、Model 7は現代でも相並び立つもののなかなかいない存在、といってよいのではないかと思っています。 マランツ氏の技術力と先見性が、開発から70年近くたった今でも、音から色濃く漂ってくるのですから、本当に歴史的な逸品といってよいのでしょう。

Model 7とパワーアンプの組み合わせ

Model 7 と「純正組み合わせ」的な存在が、ステレオパワーアンプのModel 8Bです。 出力段に6CA7真空管をプッシュプル構成*で配された製品で、35W+35Wとは思えないようなパワフルさと音楽の見晴らしの良さ、躍動感を持つアンプです。

こちらはハードオフ・オーディオサロン吉祥寺に展示されていた、ステレオ・パワーアンプModel 8。 よく売れたModel 8Bの前身となる製品である。
こちらはハードオフ・オーディオサロン吉祥寺に展示されていた、ステレオ・パワーアンプModel 8。 よく売れたModel 8Bの前身となる製品である。

さらに上級のModel 9はモノラルパワーアンプで、こちらは1台当たり6CA7を4本使った2パラプッシュプル*という構成です。 6CA7は5極管ですが、それを3極管と同じように用いる3極管結合(3結)と、3結に類似した音を聴かせながら出力を稼ぐことのできる、ウルトラリニア結合という回路を選ぶことができました。

*プッシュプル構成、2パラプッシュプル構成:一般的な真空管アンプは、初段とドライバー段、出力段(終段)のそれぞれに真空管が採用されている。 その中で、特に終段の方式をごく大ざっぱに分けると、「シングル増幅」と「プッシュプル増幅」とがある。 シングル増幅とは、1本の真空管を使ってスピーカーを駆動する音楽信号をすべて取り出す方式で、ほとんどの場合得られる出力は大きくないが、歪みが少なくピュアな音がする傾向がある。 プッシュプル増幅は、音楽信号の+側と-側を別々の真空管で増幅するもので、概してシングル増幅より大きな出力が得られる。

シングル増幅はチャンネル当たり1本、プッシュプル増幅は2本の真空管を用いるが、より大きな出力を稼ぐために4本の真空管を使う「2パラプッシュプル構成」や、8本使う「4パラプッシュプル構成」などという、大がかりなアンプも世の中には存在する。 また、シングル増幅にも同じ出力管を2本使った「パラシングル増幅方式」があるので注意したい。

Marantzの変遷

ブランドとしてのMarantzは、その後大きく変遷します。 理想主義的な物作りへ邁進したことにより、オリジナルのマランツカンパニーは高い名声を得ました。 しかしその一方、社業としては大変だったようで、1964年にマランツカンパニーは映画関連メーカーのスーパースコープ社へ経営権を譲りました。

その際、スーパースコープ社で開発されたModel 7Tというプリアンプがあります。 Model 7の回路構成をトレースしながら、増幅素子をトランジスターへ置き換えた製品です。 これもよく売れたプリアンプですが、音質に関しては「ちょっとアッサリしちゃったかなぁ」という印象でした。 悪いプリアンプではないのですが……。

スーパースコープ社は、映画産業で一山当てた資金をもとに、Marantzを買収して技術を獲得し、自社を総合オーディオメーカーへ発展させようとしていました。 Marantzブランドでソリッドステートの中〜高級アンプを数多く発売する一方、スーパースコープ・ブランドではラジカセまで出していた、というからビックリです。

そして日本へ

その頃、折しも「世界の工場」として日の出の勢いだった日本に、スーパースコープ社は注目します。 無線機でいい製品を発売していたスタンダード工業と提携し、Marantz製品の生産拠点の一つへ定めました。 その社が、後の日本マランツへと発展していきます。

スーパースコープ社も無理な拡大路線が祟り、ブランドから経営権、生産設備まですべてをオランダの総合家電メーカーのフィリップスへ売り渡すことになってしまいました。 1980年のことです。 その時、日本マランツもフィリップス・グループへ入って、Marantzブランドを継承した格好となりました。

そして2001年、日本マランツがMarantzに関する全権を掌握し、これで名実ともに “マランツ” は日本の会社となりました。

2001年、日本マランツがMarantzに関する全権を掌握し、これで名実ともに “マランツ” は日本の会社となりました

その翌年、日本コロムビアから独立したDENONとともに持ち株会社を創立、国内外のメーカーが参入し、またさらに大きなコンソーシアムとも合併して、現在は巨大オーディオ・グループの一員となっています。

Model 7が名機たる所以とは

Model 7の解説から、思わずMarantz全体の歴史を俯瞰してしまいましたが、これだけの変転を繰り返しても「Marantz」のブランドが消えていかなかったのは、やはりソール・マランツ氏が開発された初期アンプ群があまりにも光り輝いていたし、その遺伝子がスーパースコープ社にも日本マランツにも生き続けていたから、ということがあるのでしょうね。

長く作り続けられたこともあり、Model 7は世代によって音が違うともいわれます。 特に初期型が素晴らしいとも。 しかし、こういう機器の常ですが、それぞれの個体がどんな修理をされてきたか、どんなパーツが現在使われているかで、音質は全く違うものになってしまいます。 初期型を理想的な修理状態で、というのが至高かもしれませんが、個人的には生産世代よりも現在のコンディションを、まずしっかり確認して購入なさるのがよいと思います。

ハードオフ・オーディオサロン吉祥寺にて。 この個体は1990年代に生産されたマランツ自身によるレプリカだが、セレン整流器などどうしても入手できないパーツを除き、極めて忠実に再現された製品である。 Made in USAであることにも注目したい。
ハードオフ・オーディオサロン吉祥寺にて。 この個体は1990年代に生産されたマランツ自身によるレプリカだが、セレン整流器などどうしても入手できないパーツを除き、極めて忠実に再現された製品である。 Made in USAであることにも注目したい。

今から40年以上も前、高校生だった私は分不相応にも、地元のハイエンド・オーディオショップへ顔を出しては、世話好きのご主人にいろいろなヴィンテージ機器の音を聴かせてもらったり、オーディオの基礎を教えてもらったりしていました。

その時に「兄ちゃん、ええモンが入ったで」と、聴かせてもらったModel 7の音が、私は今も忘れることができません。 ここで記した「Model 7の音」は、この時の印象です。

こういう仕事に就かず、地元で就職していたなら、あの店でModel 7はじめ店主お薦めのヴィンテージ機器を購入して、オーディオを楽しんでいたかもしれないな、などと空想することがあります。

それはそれでいいオーディオ人生だったろうし、今まさにそうやって音楽を楽しんでいらっしゃるお客様を、私は少し羨ましく感じています。

Photo courtesy of D&M Holdings Inc., and Hard Off Audio Salon Kichijoji
Words:Akira Sumiyama