レコードを愛する者であれば、誰もが使ったことのある「アナログ」という単語。 なんとなく古いもののことを指すときに使われることが多いこの言葉、そもそもどういう意味なのだろう? 

そんな疑問を持った編集部は、レコード店に勤め、選曲や音楽評の執筆などでも活躍する垣畑真由さんをお誘いして日比谷図書文化館に出向いた。 彼女は中学生の頃から、つまりレコードの人気が下火になりCD全盛期だった2010年前後からレコードを集めているという、生粋のレコードファン。

音楽のみならず、数学や美術など、様々な領域で使われる「アナログ」という言葉について再考するため、日比谷図書文化館の蔵書をめくりながら、その言葉の真意を探ってみた。

垣畑真由さんをお誘いして日比谷図書文化館に出向いた

アナログレコードが引き出す、人間のポテンシャル

垣畑さんはレコード店〈disk union〉(以下、ユニオン)に勤めていますね。 そこではどんなお仕事をされているのでしょうか。

現在はレコードの査定(買い取り)をすることが多いです。 私はロックをメインに扱うお店にいるのですが、レコードって当時プレスされた初版つまり「オリジナル盤」であるか、製造された国、もっと細かいことだとラベル(レコード盤の中央にあるラベルシール)のパターンや、マトリクス(レコードラベルの外側に刻まれた刻印)などを見て値段をつけていきます。 1枚1枚盤とジャケットを見て査定していくのですが、基本的には稀少性が高いものや、人気のあるもの、状態が良いものには当たり前ですが良い値段がつきます。 レコードから色々な情報を抽出して価値をつけていくこの作業は知識と感覚が大切なので日々勉強中ですが、それが私にとってはすごく楽しい時間なんです。

レコードはいつから集め始めたんですか?

たしか中学生のときでしたね。 その店舗は数年前になくなってしまったんですが渋谷の〈RECOfan〉にCDを買いに行ったはずが、なぜかプレイヤーも持っていないのにどんな作りなのかを間近で見てみたくてレコードを試しに1枚買ってみたんです。 家に帰って、この黒い円盤から音が出るのかと興味が湧いてプレイヤーを買って再生してみたら妙にビビっと刺さるものがあり、感動しました。 その時代って、Apple Musicで音楽が買えるようになっていたり、CDを借りたり買ったりしてパソコンに入れてiPodに同期して……というのがスタンダードだったから、レコードというもの自体も新鮮に感じましたね。 。 それからレコード屋さんに行くのが楽しみになって、いつの間にかハマっていました。 通っていた学校がすごく厳しくて学生生活には絶望していたので、いい現実逃避を見つけたなと思っていました(笑)。

中学生からずっとレコードに触れているんですね。 垣畑さんがレコードで聴きたいと思う音楽はどういうものですか? また、なぜレコードの音は良く聴こえるのでしょうか。

私は60〜70年代の音楽が好きなんですが、そういった音楽を、その時代のレコードで聴くのが好きなんです。 当時のままの空気感が伝わってきてロマンを感じるというか。 これは個人的な趣向ですが、現代の曲をあえてレコードで聴きたいわけではなくて。
レコードの音に温かみを感じたり、良い音だと感じる理由には、人間の耳が聴き取れる周波数が関係しているという説がありますよね。 デジタルで作られるCDだと20kHzまでの音しか収録できないけれど、アナログレコードはその範囲が規定されていないという話を聞いたことがあります。

『ポピュラー音楽の社会経済学』に、そのことについて書かれているページがあります。

20kHz以上の周波数は、人間の耳には聴きとれないが、その影響はまったくないわけではないだろう。 また2の16乗段階は、非常に細かいステップであるが、人間の耳は、それを超える細かな変化を聴き分けられると考えられている。 (1)

人間は、20kHz以上の高い音も聴き取れる可能性がある。 それって、“第六感”とまではいかなくても、本来持っているはずのポテンシャルが発揮されているとも言えるかもしれません。

本を読む垣畑真由さん

ノイズや傷、“儚さ” に見るアナログの特徴

盤の状態は良いに越したことはないのですが、経年や劣化による多少のノイズは、レコードの音の魅力と捉えることもできると思うんです。 私たちはそれに、無意識的に温かみを感じている気がします。 ノイズがない、キリッとした音が好きであれば、むしろCDの方が音は良いと感じるはずなんです。

先述の『ポピュラー音楽の社会経済学』でも、「なぜレコードの音は良い音に聞こえるのだろうか?」という問いに対して、SONYのエンジニア・金井隆さんがノイズについて言及している箇所があります。

またレコードを再生すると、耳にはほとんど聞こえない小さなノイズが発生していて、そのノイズが音をくっきりとしたものにすることに役立っているとしている。 これが本当に正しいのかはわからないが、アナログレコードは、ひとつのエフェクターの役割を果たしているのかもしれない。 (1)

レコードは埃をかぶっているとパチパチと音がしてしまうのですが、逆に埃を取ってあげるとクリアに聴こえるようになります。 綺麗な状態を保つことが大事で手がかかるけれど、そういう工程もなんだか愛おしくて、良い時間だと思えるんです。 レコードを磨いたり、棚を整理したりすると落ち着くんですよね。 レコードはどうしても再生を繰り返していくと摩擦や経年で傷んでしまうけれど、その儚さも魅力なのかもしれません。

日比谷図書文化館で本を探す様子

映画監督・蜷川幸雄さんのトークセッションが収録された『反逆とクリエイション』に「デジタルは枯れない」という気になる記述を見つけました。 作家の藤原新也さんと、人類学者の中沢新一さんとの鼎談です。

藤原:〔前略〕デジタルの場合は完璧な複製化が可能だということね。 一つのCDの中に収めてしまえば何百、何千という複製が可能だから。
中沢:死ねなくなっちゃったんですね。
〔中略〕
藤原:枯れかかっているのはアナログの世界なんですね。 結局、つねに新品なのがデジタルで、コンピュータ世界は全部新しいし、枯れないわけ。 (3)

複製と言えば、最近、レコードを製造している工場へ見学したり、レコードのカッティング技師の方にお会いする機会があったんです。 そこで感じたのは、1枚のレコードができるまでにどれだけの人の手がかかっているのかということでした。
レコードはビニールを何度も何度もプレスしできるし、カッティング技師はレコードの溝を見極める目や、音を聴き分ける耳を持っていないとできない、絶滅危惧種レベルの仕事だということを知りました。
今って、なんでもデジタルで素早く作れてしまう時代。 でもだからこそ、今を生きる人たちにとっては、レコードのような手のかかっているものや、少し不便なものに惹かれるんじゃないでしょうか。 レコードが作られる過程を知らなくても、そういうクラフトマンシップは、音やモノに現れるのかもしれません。

人間の身体性が、アナログらしさだと言えるのかもしれませんね。 『反逆とクリエイション』で藤原さんは、それを「中間」、つまり「物語」だと語っています。

藤原:ぼくはここ数年、デジタル技術で写真をプリントアウトすることをやってきたんですね。 ただその弱点(ネック)は、全体を見た場合は一点の絵に見えるんだけど、拡大するとジャギーだけの世界になり、となりのジャギーの間の凹面が何もないただの空虚になること。 中間が飛んじゃうわけ。 その中間とは結局、今言った「物」や「物語」だと思うんです。 かつての物語や時間がそういう図形の中ですっぽり抜けていて、その抜けたイチとゼロのあいだって何かなってつねに思っているわけね。 (3)

本を持って日比谷図書文化館の外を見る垣畑真由さん

デジタルとアナログの違いを再考する。

アナログとデジタルそれぞれの特徴について、『音響技術史』にわかりやすい記述を発見しました。 例えば、アナログ時計で針が5時23分と5時24分の間を指している場合、「やや24分に近いので大体5時23分40秒くらいだろうか」という読み取りができる。 一方でデジタル時計では、5時23分または5時24分と分単位で数字が表示されるので、5時23分をどれだけ過ぎているのかはわからないけれども、誰が見ても5時23分であると読み取れる、というわけですね。

アナログ時計では、短針と長針の位置から時間と分が読み取れる。 長針の位置を注意深く見れば、分の間も読み取ることができる。 〔中略〕アナログ時計では、読み取り精度を上げることで、さらに細かな時間を計測できる可能性を含んでいる。 しかし、読み取り精度が低い場合は不正確になる危険性も高い。 〔中略〕デジタルはどこかで割り切る必要がある。 (2)

デジタル情報は、読み手に関わらず誰でも正確に受け取れると言えるのかもしれません。 つまり、アナログ情報は読み取り手の感度や解像度によって正しく受け取れるかどうかが変わってくるのではないかと……。

確かにそれはあるかもしれません。 アナログレコードって情報量がすごいんです。 そもそもストリーミングだとジャケットを眺めたり質感を触ってみたり、クレジットを見たりしないですよね。 音もやはりレコードで聴くと集中して聴いてる分、歩きながらイヤホンを通して聴いたり、片手間で聴く音楽と違ってダイナミックに音楽が聴こえてくる気がします。 そういう聴き方をしていると、昔の人の方が耳の精度が高かったのかもしれないと思うことがあります。 今は街中のあちこちで音が流れているから、“音楽が鳴っている” ということに対して敏感じゃなくなってきてるのかもしれないと。
レコードという手間がかかるものに、今多くの人が魅力を感じているのは、そういう “失ってしまった感度” を取り戻したいという気持ちがあるからなのかもしれないですね。

本を読む垣畑真由さん

「ある」か「ない」かの単純化された世界だからこそ、デジタルがアナログの欠点をカバーしてくれているという記述もありました。 『コンピューターと生きる』という本です。

なぜ、感性情報のようになめらかに連続的な自然のままの情報を、面倒な変換をしてまで離散的な情報へ置き換えなければいけないのでしょうか。 アナログにはアナログのよさがあると言われています。 アナログのままではどうしてダメなのでしょうか。 そのためには、まずアナログ情報の欠点を考えてみる必要があります。
アナログ情報は物質である媒体と強固に結びついているために、時間とともに劣化します。 〔中略〕アナログ情報はちゃんと保存したり伝送したりすることがとてもむずかしく、コストもかかるものなのです。
しかし、デジタル化によってこのアナログ情報の欠点を大きく改善することができます。 デジタル情報が劣化や雑音に強いのは、デジタル情報が最終的に1か0か、ふたつの値だけで表されるためです。 1か0というのは、「ある」か「ない」かという、究極的に単純な情報のありようです。 (4)

「デジタル情報が劣化や雑音に強い」というのはまさにそう。 私自身、レコードが大好きだけどストリーミングサービスも使うし、デジタルによってたくさんの音楽を、誰でも適切な質で聴くことができるのは素晴らしいことです。 でも私はできるだけ、自分で買ったレコードを大事に聴き続けたいと思うし、ストリーミングサービスのアルゴリズムにおすすめされたものではなく実際にレコード店に出かけたり、ディスクガイドでアルバムを探しながら自分の好きな音楽に出会うことを楽しみたい。 デジタルに頼りすぎると、人の感性や記憶力ってどんどん鈍っていきますよね。 自分の意思をもって聴くというのが大事なことなんじゃないかと個人的には思います。

そう考えていくと、アナログの温かさや味わい、懐かしさを私たちの世代がいま求めているのは、デジタルが普及したからこそなのかもしれませんね。

日比谷図書文化館の蔵書

今回、日比谷図書文化館で見つけた本は以下の4冊。 これら以外にも、参考になりそうな蔵書が多数あった。

  1. 『ポピュラー音楽の社会経済学』高増 明/編
  2. 『音響技術史 ~音の記録の歴史~ 』森 芳久、君塚 雅憲、亀川 徹雄/著
  3. 『反逆とクリエイション 蜷川幸雄トークセッション』蜷川 幸雄/著
  4. 『コンピューターと生きる』佐藤 淳一/著

垣畑真由

1995年、東京都生まれ。 中学生の頃にレコードと出会い、60〜70年代の音楽を聴き始める。 レコード店スタッフ、ミュージックセレクター、エディターとして音楽に携わる日々を送る。

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千代田区立日比谷図書文化館

千代田区立日比谷図書文化館

住所:〒100-0012 東京都千代田区日比谷公園1-4
電話 : 03-3502-3340(代表)
開館時間 : 月曜日~金曜日 午前10時~午後10時/土曜日 午前10時~午後7時/日曜日・祝日 午前10時~午後5時(休館日:毎月第3月曜日、12月29日から1月3日、特別整理期間)
アクセス:東京メトロ 丸の内線・日比谷線「霞ケ関駅」  B2出口より徒歩約3分/都営地下鉄 三田線「内幸町駅」 A7出口より徒歩約3分/東京メトロ 千代田線「霞ケ関駅」 C4出口より徒歩約3分/JR 新橋駅 日比谷口より 徒歩約10分(駐車場・駐輪場なし。 公共交通機関をご利用ください)

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Photos:Makoto Okazaki
Words & Edit:Sara Hosokawa