NYを拠点に、世界各地のシーンを独自取材して発信するカルチャージャーナリズムのメディア『HEAPS Magazine(ヒープスマガジン)』が、Always Listening読者の皆さまへ音楽にまつわるユニークな取材記事をお届けします。 今回はベルリンのリスニングバー、unkompress(アンコンプレス)をご紹介!

ベルリン、午後2時の音楽スポットへ行ってみよう。

テクノ、レイヴ、パーティー。 伝説的クラブが軒並み連なるこの街、新しい音楽スポットはあかるい太陽のさす時間帯に開く。 BYOB(Bring Your own Beer-飲みたいものを持参)ならぬ、BYOV(Bring Your Own Vinyl-聴きたいものを持参)なんかもして、人の交流をベースに育っているリスニングバーだ。

image via unkompress
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デイタイム営業だから生まれる。 ベルリン昼間の音楽コミュニティ

2023年3月にベルリンのクロイツベルク地区にオープンしたリスニングバー「unkompress」。 陽の沈まないうちから、ハイファイサウンドと店主こだわりのドリンクを楽しめる。 店内には、コーヒーやナチュラルワインをはじめメスカル、酒、コンブチャやCBDドリンクまでユニークなセレクトがずらり。 ベルリン発の雑誌やプロダクトの販売も行っている。 ローカルコミュニティを大切にしていることがよくわかる。

店主は自身もDJとしての経歴を持つ、ニューヨーク出身のケビン・ロドリゲス(Kevin Rodriguez)。 unkompressは、趣味が高じてはじめた「かなり個人的なプロジェクト」と言いつつ、ローカルクリエイティブたちのコミュニティづくりに役立つ場所としても在れたらと、あたたかいハートとまなざしがある。

夜のパーティーで遊ぶのも楽しいけど、昼間にリラックスして音楽を楽しみながら、ぽっと出たアイデアをぼんやり考えてみる。 リスニングバーではじめるサードプレイス的な場所作りをケビンに聞いてみよう。

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unkompress、ふらりと足を踏み入れてみると実は、リスニングバー。

一見、コーヒーとナチュラルワインの店のように見えるけれど、レコードや大きなハイファイサウンドシステムを持つ、伝統的なリスニングバーやジャズ喫茶の要素を持つお店になってるんだよね。
この場所がほかのお店と違うのは、クリエイティブな活動の居場所となるよう、コミュニティ作りに焦点を当てているところ。

コミュニティというと、たとえば?

奥の壁の棚に雑誌とか商品が並んでいるのが見えるでしょ? 全部ベルリンのローカルの人たちが作ったものなんだ。 近所の人、ベルリンに住んでいる人、超ローカルな人たちにフォーカスしてる場所。 そして、場所作りのベースにあるのが音楽。 音楽とサウンドは常にすべてのことへの原動力のようなものだと思うんだ。

オーナーのケビン・ロドリゲス(Kevin Rodriguez) image via Alexa Bendek
オーナーのケビン・ロドリゲス(Kevin Rodriguez)
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音楽を通して、ローカルコミュニティの新しい交流が生まれる場所ということですね。

ワイン、コーヒー、音楽、レコードを求めてunkompressに来るでしょ、それでなにかおもしろいアイデアやストーリーを持っている人同士が出会ったり、その先にはじまるプロダクトや雑誌の立ち上げとか、そういうことをunkompressで手伝えたらうれしいな。

オープンしてから、コミュニティの人とどんな出来事がありましたか?

まだまだ初期段階だけれど、ベルリンのミュージシャンやDJに声をかけて、彼らがパフォーマンスしたりレコードをシェアできるような新しいプラットフォームになってきていると思う。 先日YouTubeチャンネルも立ち上げたんだけど、ここでセッションしてくれるDJの人同士がつながってどこかでギグができるかもしれない。

リスニングバーとして音楽好きが集まるイベントも開催。 どんなことをしているんですか?

これまでにいろいろなイベントをやってきたけど、最新だとね、BYOV(Bring Your Own Vinyl)っていう、誰でも自分のお気に入りのレコードを持ち寄って、ハイファイサウンドシステムで音楽を聴けるというコンセプトのイベントをはじめたんだ。 毎月開催する予定。

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お気に入りを持ち寄って。 やっぱり交流がベースにあるリスニングバーなんですね。

ほかにも、レコード屋を招待してレコードマーケットをやったり、外のテラスで日本の焼き鳥屋がポップアップをしたり!

リスニングバーで焼き鳥。 いいなあ。

レコードのリリースパーティーをしたりね。 20〜30人くらいしか入れない小さな場所だから、居心地が良くて、お互いが顔見知りになれるんだ。

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unkompressは日本のジャズ喫茶の要素もあるということですが、ジャズ喫茶について知ったきっかけは?

これには驚きのエピソードがあるんだよ。 大人になってレコードやサウンドシステムに夢中になっていくにつれて疑問に思うことがあったんだ。 「パーティーに行けばもちろん最高の音を聴けるけど、どうしてバーやカフェには良いサウンドシステムが無いんだろう?」って。

自分がそういうコンセプトの場所をベルリンで立ち上げる一人になろうと思ったときに、SNSで日本のジャズ喫茶ムーブメントについて知ったんだ。 日本の人たちは20世紀の前半からこのアイデアを形にしていたなんて、すごくクールだ!って。

なるほど。

それで、どうやって自分なりのものをつくれるかを考えていったんだ。 典型的なジャズ喫茶じゃない、もう少し違うものがやりたかった。 そんなときに、『Gateway to Jazz Kissa』というジャズ喫茶の雑誌で、2011年の東日本大震災で被害にあった、岩手県のジャズ喫茶を経営する女性の話を読んだんだ。 震災でお店が無くなってしまったとき、彼女は店の音響システムやレコードを心配するのではなく「どうやってこれからお客さんにコーヒーを出せばいいんだろう」って考えたそうなんだ。

ジャズ喫茶とは、素晴らしいサウンドシステムを備えた大きな場所で、スターがジャズを演奏するような場所だと思っていたんだけど、実際にはオーナーがお客さんをもてなしたいと思って、お客さんのために音楽を提供しているんだよね。 世界最高のサウンドシステムなんて必要なくて、もっと人間的で、コミュニティを持つことが大切なんだって気がついた。 いつか行ってみたいね。

そこからunkompressの、コミュニティに特化したお店作りがはじまったんですね。 ほかにも気になっている日本のジャズ喫茶、ありますか?

Googleマップに100個くらい行きたい場所を保存してる(笑)。 パッと思い浮かんだのは、東京の名曲喫茶「ライオン」。 ザ・ジャズ喫茶っていう感じで、豪華なサウンドシステムがあって、会話禁止。

unkompressのサウンドシステムについても知りたい。 スピーカーはアメリカのKlipschのものを使っているようですね。

そう! 子どもの頃、エレクトロニックミュージックやダンスミュージックについて勉強していたとき、ニューヨークの70年代のLoft(ロフト)と呼ばれるパーティーや、ほかの伝説的なパーティーでこのスピーカーが使われているって知ってね。 でもまだパーティーに行ける年齢じゃなかったから、いつか大人になったら手に入れたいと思っていたんだよね。 だからこれは自分にとってはすごく特別で、子どもの頃の夢が叶ったようなもの。 最高級のスピーカーってわけではないけど、このスピーカーは僕たち自身や、僕たちの魂に語りかけてくるような、そんな歴史を持ってるスピーカーなんだ。

思い入れのあるスピーカー
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思い入れのあるスピーカーですね。 ほかのオーディオ機器も、なにかストーリーが?

アンプは、実は日本の「300B」のDIYキットで作ったものなんだ。 すべてのパーツをカスタマイズしてアップグレードして…友人と一緒に組み立てた。 日本のDIY文化はハイエンドだからおもしろいよ。

ミキサーはベルリンのResør electronicsのもので、オーナーのアレックスとは何年か前に知り合って、地元や地元のコミュニティをサポートしたいからコラボしようって誘ったんだ。 そしたら彼、unkompressのためにミキサーを作ってくれたんだよ。 これはほんとに素晴らしくてハイエンドのミキサーなんだ。 クラスAで、すべてアナログ。

ターンテーブルは子どもの頃に新品で買ったTechnicsのMK2。 10代の頃から、パーティーや倉庫、ギャラリーで使ってきて、いまにいたるまでずっと僕を支えてくれている。 針やケーブルは日本から取り寄せた。

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すべてのものに思い出が詰まっている。 お店のレコードコレクションにも、なにかこだわりが?

自宅にはたくさんあるんだけど、お店では小さいコレクションではじめたくて、最初は100枚のアルバムだけではじめたんだ。 お店で出会った人にお勧めされたアルバムなんかを、毎月ベルリンのレコード屋に行って少しずつ買い集めてる。 ローカルのレコード屋もサポートしたいしね。 ゆっくり成長する、サステナブルなコレクションにしたくて。 いまでは200枚くらいになったかな。 小さくても頑丈なんだ。

コレクションのなかから、まだ肌寒い寒い昼間(*取材は2月末)にとっておきの1枚、教えてもらえませんか?

そういう質問大好き! ベルリンの冬は特に寒くて暗い。 太陽がなかなか出てこないんだ。 だから笑顔になれるような1枚がいいね…。 うん、これかな!テディ・ラスリー(Teddy Lasry)の『Funky Ghost 1975-1987』 。

このアルバムの音楽はクールで、ちょっとアンビエントな感じでファンクも入ってるし、ほかのエレクトロニックの要素もあるし、いろんなカテゴリーの音楽がちょっとずつ入っているような一枚なんだけど。 旅に連れて行ってくれるような、瞑想させてくれるようなアルバムなんだ。

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わあ、聴いてみます! お店では、こんな感じのアンビエントやファンクのような音楽を流すことが多いんですか?

うん。 このスペースでは、エレクトロニックミュージックやハウスやテクノのルーツに焦点を当てたいんだ。

ベルリンはテクノの聖地ともいわれていますもんね。

まずジャズがあって、ソウル、ファンク、ディスコへと発展していく。 そして、ディスコのあとはハウスミュージックへと続いていく。

あとは、個人的にはブラジル音楽や80年代のアンビエントミュージックも大好き。 こういったジャンルはunkompressでやろうとしていることをよく表しているとも思うから。 基本的には、現代のエレクトロニックミュージックのルーツになるアルバムを流していることが多いかな。

そんなレイブやテクノの代名詞ともいわれるベルリンで、unkompressは昼の2時から営業しています。

昼間のシーンはね、夜のシーンの延長線上にあると思う。 unkompressは人々がふらっと来て音楽を聴いたり、たむろしたり、リラックスするための場所であるような気がする。 だから、ベルリンの典型的な音楽シーンとは正反対かもしれない。 でも、意外とみんなそういう場所を望んでいると思うし、必要としていると思う。

昼間にここに来ると、素晴らしい音楽とコーヒーが飲める。 僕はもうすぐ40歳になるんだけど、自分たちと同世代やより上の世代は、いつでも酔っ払ってクレイジーになったり、パーティーを楽しんだりしたいわけじゃない。 この街では、毎日、昼も夜もパーティーができる。 でも、パーティーだけじゃなくて、音楽が中心になる場所があるっていうのはいいことだと思うんだ。

平日は午後11時、週末は午前1時まで営業しているので、昼間にふらっとくることもできるし、パーティー前に寄ることもできますね。

その通り! パーティー前に友だちのアパートに行って、キッチンでお酒を飲んだり、話をしたり、音楽を聴いたり、リビングルームでレコードをかけたり。 それが夜の最高の楽しみだったりするよね。 それからクラブに行って思い切り楽しむ。

unkompressに行って、お酒を飲んでいい音楽を聴いて、そのあと、パーティーに繰りだしてもいい。 そういう時間の流れを、一連でできるといいな。

そして次の日、昼間にリラックスしに行く…。 最後に、unkompressはベルリンの音楽シーンにおいて、どんな存在でありたいですか?

そうだね、DJやアーティストはもちろん、どんな音楽が好きな人にもウェルカムで、リラックスしておしゃべりができて、良い音楽が聴けるようなサードプレイス、ホームみたいな場所になればいいと考えてる。 コミュニティも作り続けたいね。 もしなにか制作のアイデアが思い浮かんだら、「そうだ、unkompressに行こう」というように、気軽に使ってもらえるプラットフォームになればいいと思ってる。

誰でもウェルカムで、アットホームな雰囲気をもっていたい。 ベルリンで、音楽のホームと呼べるような場所はそうそうないと思う。 ここがその一つになれればいいなと思ってるよ。

unkompress / アンコンプレス
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unkompress

アンコンプレス

unkompress / アンコンプレス

Fichtestraße 23, 10967 Berlin, ドイツ

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Text by Ayumi Sugiura(HEAPS)