レコードで音楽再生を楽しんでいる理由のひとつに、「CDやデジタル音源よりも音がいいから」という方は少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。 では、具体的に ”いい音” とはどんな音のことをいうのでしょう?オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。 今回はその後編です。
前編はこちら
必ずしも精密な音の情報がいい音とは限らない
ラジオや電蓄で音楽が再生され始めて100年余り、オーディオ業界の技術者は「解像度」と「S/N比」の向上に日夜取り組んできました。 解像度とはどれくらい微細な情報を聴き取ることができるかという尺度、S/N比はSignal to Noise Ratioの略で、音楽信号と機器や音源の残留ノイズとの比を表す言葉です。
どちらもより音楽を深く知ろうという情熱というか、探求心を満たすために進歩・発展してきたもので、確かにその両者が向上すると、より細かなところまで音楽信号が耳へ届くことにはなるのですが、それがイコール “いい音” へはつながらないのが難しいところです。
一例を挙げると、デジタルオーディオの世界はPCM(Pulse Code Modulation)という方式で始まりましたが、より高いS/N比を稼ぐことができるDSD(Direct Stream Digital)方式が登場します。 しかし、DSDは確かに高いS/N比を獲得していたものの、PCMに比べて音楽の力感や実体感に欠けるという意見もあり、好き嫌いの分かれるところとなってしまいました。
現在はその両者を折衷したような構成のΔΣ(デルタ・シグマ)方式で、両方のデジタル信号をアナログへ変換するのが主流となっています。
また、これまで蓄積された技術やノウハウを駆使して構築された、現代的なシステムで音楽を聴かれている人が多数に及ぶ一方で、半世紀以上も前の歴史的オーディオ、俗にいうヴィンテージ・オーディオ機器をこよなく愛する人も、決して少なくありません。
現代の解像度やS/N比といった尺度で見れば、決して優れているとはいえないヴィンテージ機器から流れ出す音楽は、時として私たち音楽ファンの心を鷲づかみにする、強烈な魅力を持ちます。 現代サウンドも “いい音” 、ヴィンテージ・サウンドも “いい音” なのは、間違いないのでしょうね。
自分にとって理想の音を追い求めることこそが大切だ。
また、「どういう音が好きか」というのは、オーディオマニアが100人いれば100通りあるといっても間違いではないでしょう。 以前レコードの音の良さについて解説した時、アナログならではの寛ぎサウンドも出せるし、そうかと思えばCDが及びもつかないようなハードでシャープでダイナミックな音も出せると書きましたが、それが即ちオーディオマニア各人の目指す “いい音” の到達点であったりもするわけです。
私はヘタクソながら今も現役で楽器を演奏していますし、吹奏楽団にも所属しています。 私にとって生の管楽器や打楽器の音は、とても身近なものなんですね。 ですから、それへ一歩でも近づくよう、遥かな歩みではありますが、自分のオーディオ装置を磨き続けています。
一方、ある業界の大先輩はわが家へお見えになった時、「炭山さんは生の音、生の音としきりにおっしゃる」と不思議がっておられました。 その人のオーディオは、残念ながら私は聴かせてもらったことがないのですが、信頼すべき編集者の話によると、「生の楽器とは一風違うけれど、堪らなく魅力的な音でした」とか。 それこそ件の大先輩が生涯をかけて追い求められた “いい音” なのでしょう。
オーディオの “いい音” も、一つの正解はないといってよいでしょう。 仕事や家事に疲れた就寝前に、心安らぐ音楽を楽しみたいという人ならば、私のような “いい音” を目指しても聴き疲れを誘うだけになってしまいかねません。 もっと肌当たりが優しく、音楽に包み込まれるような表現の装置を導入した方がよいのではないかと思います。
一方、私のようにレコードからできるだけ生々しい音を引き出したいとお考えの人ならば、アタックが鋭くパワフルかつハイスピードで研ぎ澄まされた、私が実践しているような音を目指されるとよいでしょう。
少し極端な対照を挙げてしまいましたが、ご自分の望む音がどういう方向性でも、それがあなたの好みと合致していれば “いい音” なのです。 これはどちらが正しい、間違っているというものではありません。 自分にとって理想の音を追い求めることこそが大切だ。 私はこう考えています。
Words:Akira Sumiyama