レコードで音楽再生を楽しんでいる理由のひとつに、「CDやデジタル音源よりも音がいいから」という方は少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。 では、具体的に ”いい音” とはどんな音のことをいうのでしょう?オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。
必ずしもカタログの数値が証明しているわけではない
私たち、俗にオーディオマニアと呼ばれる種族は、薄紙1枚、髪の毛一筋でも “いい音” で音楽を再生できるよう、日夜頑張っています。 これは、DAPやポータブルヘッドホンアンプ(ポタアン)の銘柄を吟味し、リケーブルに情熱を燃やす若いヘッドホンマニアとも、相通ずるところでしょう。 でも、その “いい音” というのは、具体的にはどういう音を指しているのでしょうか。
オーディオ装置には、いろいろな数値データがあります。 1970~80年代のオーディオ・ブームの頃は、アンプなら定格出力、スピーカーならウーファーの口径が激烈な競争になっていました。 アンプの定格出力は1ケタW(ワット)刻み、ウーファーの口径も1cm刻みでカタログへ掲載する数値を競っていたものです。
しかし、それらが “いい音” に貢献していたかは甚だ疑問です。 アンプの出力は、50Wが100Wに上がったとしてもスピーカーから出る音は最大2倍(3dB)しか大きくならず、実際に聴き比べるとその差はそんなに大きなものではありません。
それに何より、アンプの定格ギリギリまで出力を使い切っている人は、ほとんどおられないことでしょう。
私は業界でもかなりの大音量派で知られていますが、それでも自衛隊総合火力演習の戦車砲などといった特殊な音源を鳴らす時以外は、せいぜい20Wもあれば音楽再生は事足ります。 ちなみに、戦車砲では200Wほども使ってやらなければ生さながらの迫力が出ませんから、まぁ特殊な音源ではありますね。
ウーファーの口径に至っては、大きくすることが即ち “いい音” につながることは全くありません。 例えば、30cmウーファーと31cmウーファーでは振動板の面積は7%弱しか変わりません。
しかも、同じ大きさのキャビネットへ7%大きなユニットをマウントしたとすると、相対的にキャビネット内容積がユニット口径に対して足りなくなりますから、低音はそれだけ出しにくくなるともいえるのです。
できるだけ低い周波数域まで低域を再生する≒再生周波数帯域を広げるという、スピーカーとして真っ当な進化の道筋に対して、これは逆転していると指摘されても仕方のないことでした。
ならば、”いい音”と直結するカタログの数値というものはあるのでしょうか。 実もフタもない言い方をしてしまいますが、残念ながらそういう数値はないといってしまっていいでしょう。
「ただ低音が伸びていればよいというものではない」
例えばスピーカーの再生周波数帯域は、狭いより広い方がいいと思われがちです。 私自身も、小さなスピーカーしか使えなかった若い頃は、地響きのような超低音を再生できるスピーカーに憧れたものですが、実際にそれが実現できる境遇になってみると、「ただ低音が伸びていればよいというものではない」ということを痛感することになりました。
中低域以上とまるで質感もスピード感も違う、具体的には重く締まりのない低音がいくら伸びていても、音楽を聴く際にはストレスにしかならない。 30代の頃に私が達した結論はこちらです。
しかし、友人のオーディオマニアは「まず再生レンジが広くなければ、出ていない低音についていいとも悪いともいえないでしょ」といい、超低域までよく伸びた物凄い量感の低音を再生しています。 包み隠さず申し上げれば、私はその友人D君の音は好みではありませんが、本人が気に入った音を構築しているのだから、それは間違いなく彼にとって”いい音”なのです。
もっとも、わが家は仕事柄ギリギリまで再生レンジを広げておかねばならず、そのためにわざわざ低音から高音にかけて4種類のスピーカーユニットで帯域を分割して鳴らし、しかもそのそれぞれを独立したアンプで駆動するという、4ウェイ・マルチアンプ方式のスピーカーを構築しています。
おかげで25Hz~45kHzという超ワイドレンジを実現していますが、もう1種類フルレンジの最高域にトゥイーターを加えた2ウェイ・バックロードホーン(35Hz~40kHz)に比べると、音質的には明らかに後者が好みです。
低音をたった10Hz伸ばすために、なぜそんなに複雑なことをやっているのかというと、それだけ超低音は伸ばすのが難しいからです。 ここまでやって25Hzまでというのも、残り5Hzを稼ぐにはさらに大がかりな装置を必要とし、残念ながらわが家へは入りそうになかったのですね。
その代わり、10Hz下まで伸びたわが4ウェイは、部屋の空気全体を揺さぶるような猛烈な超低音を再現し、それが普通の音楽でも安定感やたたずまいといった表現に効いてきます。
後編はこちら
Words:Akira Sumiyama