アース・ウィンド・アンド・ファイアー(Earth, Wind & Fire)、ミニー・リパートン(Minnie Riperton)、マリーナ・ショウ(Marlena Shaw)など、数々の重要な作品に携わったプロデューサー、アレンジャー、作曲家であるチャールズ・ステップニー(Charles Stepney)。 1976年に45歳の若さで亡くなってから時を経て、2022年9月にリリースされた1stアルバム『Step on Step』をきっかけに、その功績が再評価されているなか、南青山の「BAROOM」を舞台にステップニーのドキュメンタリーフィルム『OUT OF THE SHADOWS』日本語字幕版が日本初上映された。 上映後はステップニーを敬愛するアーティスト・冨田ラボと、音楽ジャーナリスト・原雅明によるトーク&リスニングイベントを開催。 後編では、ステップニーのサウンドアプローチと親和性のある音楽家の作品を聴きながら、その影響を深堀りしていく。
前編はこちら
いまの時代性にアピールする、ステップニーのローファイサウンド
原:ここから後半に行きたいと思いますけど、アルバム『Step on Step』の最後に同名の曲が入っているんですね。 冨田さんが書いてくださったライナーノーツには、この曲についても触れていて、本当にいいライナーなんです。
富田:ほんとですか。 うれしいです。
原:音のバランスとかラフで未完成な部分は当然あるけど、ノイズも含め当時の空気をそのままパッケージしたような、リラックスした環境の録音であること。 楽音、音符的な情報が控えめになって、音色や質感、ニュアンスを味わわせるような構造で、それゆえにいまの時代にフィットするものがある、ということを書かれていましたよね。
富田:そう。 プラグインでああいう質感を目指すことが多いですね、世界的に。 ローファイにも90年代からいままでに、いろいろな時代があるじゃないですか。 ステップニーの場合は当時、地下室で一人でつくっていたから偶然そうなったのかもしれないけど、いま、こうしたいなって思うような音がそのまま出てきている。 それを聴いて感じました。
原:このアルバムの中から、その「Step on Step」をかけたいと思います。
原:このアルバムは、ステップニーの有名曲のデモバージョンも入っていて、単なる未発表曲集というわけではないですし、ドキュメンタリーで語られていたように、ソロアルバムにしようと思って作っていた音源が確かに入ってもいます。 他のアーティストの仕事でやることはやった。 次は自分のことをやりたいという思いで、地下室に篭って、このアルバムをつくり始めたわけですけど、彼が最終的にどんな完成形にしたかったのか、その完成形のヴィジョンまでは分からないままです。 もしかしたら、リラックスした環境から作られた音色とか質感が残った形態のままの音楽を考えていたのでないか、ということも妄想してしまうんですが。
テクノロジーの発達と多重録音欲の関係
原:この時代は録音技術が急速に上がっていって、マルチトラックの録音も発達しましたよね。 ビートルズ(The Beatles)が使い始めたり、録音作品として壮大なアルバムが作られるようになった。 そういう状況がある一方、多重録音で一人で全部やるという人が出てきた。 それこそ、ポール・マッカートニー(Paul McCartney)は『McCartney』というアルバムをつくったり、マイルス・デイビス(Miles Davis)のバンドに入る前の時期のキース・ジャレット(Keith Jarrett)は、全然ジャズじゃないフォークロックみたいなアルバム『Restoration Ruin』をつくったりして。
富田:最初、聴いたときはびっくりしましたよね、歌っているんですから(笑)。
原:テクノロジーの発達が一人でやりたい欲求を刺激するものだったのかなと思うんです。
富田:あのマルチトラックレコーダーというもの自体がね。
原:そういう側面に関しては、ステップニーはテクノロジーにもすごく興味があったので、そこにもいろいろな可能性を感じていたんでしょうね。 だからこそ、地下室でどこまで完結できるのかを実験していたのかなという感じもしていて。
富田:宅録の人ですよね。 やっぱり、このフィルムを観るまでわからなかったことですよね。
原:フィルムの中で、クエストラヴ(?uestlove)がステップニーのことを「当時のJ・ディラのような存在だ」と言っていましたけど、ほんとにそうですよね。
富田:彼がハブとなって、いろんなミュージシャンが繋がっていた、みたいなところもある。
原:多重録音を1人でやってるという意味で、1曲かけたいのがシュギー・オーティス(Shuggie Otis)なんです。 彼は元々、ブルースギタリストで若い頃からテクニックがあって、エピックレコードと契約して、エピックは凄腕のブルースギタリストとして売り出したかった。 それで70年代前半にアルバム3枚をつくったけど、特に3枚目は出来上がったものが多重録音で、ストリングスも入っているし、わけがわからないという感じに当時は評価されて。 ストリングスとホーンセクション以外の、他の楽器は全部自分でやっています。 1973年に発表されたアルバム『Inspiration Information』から、「AHT UH MID HED」という曲を聴いてください。
原:シュギー・オーティスが再評価されたのも多分、90年代なんです。
富田:フリーソウルとかの文脈で。
原:そうですね、最初はレアグルーヴだったと思います。 あと、2000年代に入ってデヴィッド・バーン(David Byrne)のルアカ・バップ(Luaka Bop)というレーベルで紹介されて、決定的に再評価されたような気がします。 この曲でチャカポコ鳴っているアナログのリズムマシーンをステップニーも使っていましたけど、生のドラムを使ってないのが曲の良さを引き出しているようにも感じます。
富田:73年なんですよね。 でも、いま聴けば、すごくいいポップソングだと思います。 ブルースギタリストとして売り出そうとしている人がこの曲を持ってきた、というところがポイントですね。 ちょっとビートルズっぽさも感じて、すごくいい曲です。
音楽をつくる人には、コントロールフリークな部分がある
原:冨田さんも宅録の人ですよね。 多重録音にアーティストがハマっていく気持ちはすごくわかるのではないですか。
冨田:はい、僕は地下室で宅録の人です(笑)。 いい言葉じゃないかもしれないけど、音楽をつくる人にはコントロールフリークな部分があると思うんです。
原:自分で全部やらないと気が済まないっていう。
富田:そう。 バンドの場合は社会性があって、メンバーの演奏に気を遣ってコメントしなきゃいけないこともあるけど、そういったものを無視して、自分で全部やることに惹かれる時期はあるんじゃないですかね。
原:不思議なのは、ジャズのミュージシャンでも結構いますね。 レニー・トリスターノ(Lennie Tristano)みたいに自分で多重録音して、テープの速度までいじってしまう人もいますけど、一般的なジャズミュージシャンって、インプロヴィゼーションのインタープレイが基本であって、一発録りがなんぼみたいな世界じゃないですか。 でも、そうではない個の構築美の世界が多重録音には表れていて。
富田:ジャズミュージシャンは、インプロヴィゼーションでどんな表現をするかということに命をかける人が中心ではあると思うんだけど、イディオムとしてのジャズを好む人もいると思うんですよね。 ジャズの語法を使った美しさが分かっていて。 最近は学校でジャズを学ぶ人が多いので、管楽器奏者でもピアノやドラムをバリバリ演奏できる人がいっぱいいますよね。 マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)とかもそうですし。 全部できるから自分の好きなイディオムでつくってみたい欲も出るのかな。
原:モーリス・ホワイト(Maurice White)も、そういう人だったのかもしれないですね。 モーリス本人はシカゴのジャズシーンで育ったと言っていて、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)のカルテットがシカゴに来たとき、エルビン・ジョーンズ(Elvin Jones)の代わりに彼がドラムを叩いたこともあったり、シカゴの前衛派のAACMの人たちとも当初は一緒にやっていたんです。 それからステップニーとの出会いがあり、ドラマーを超えたビジョンを膨らませたように思います。 ステップニーはバート・バカラック(Burt Bacharach)に憧れていたり、割とクラシックにも精通していたから、バド・パウエル(Bud Powell)とかのジャズはモーリスが教えたという話もあります。
富田:なるほどね。 ステップニーはオーケストラの編曲が得意じゃないですか。 それがステップニーとモーリス、どちらの発案なのかはわからないけど、あの音像が欲しかったと思うんです。 ファンキーさ、ブラックネスはキープしつつ、バロックにも例えられるオーケストラルな要素が共存した音像。 その部分はモーリスの手には負えなかったので、ステップニーを必要としたのかなと。 でも、モーリスは本当は自分のビジョンは自分でやりたい人なのかもしれない。
原:そんな気もするんですよね。 ただ、二人の信頼関係がすごくあったような気がします。 じゃあ、2000年以降の音楽を聴きたいと思います。 このイベントの企画があって、いろんなものを聴き直していたら、「ここにもステップニーっぽいものがあるなと」思う音楽がいっぱいありました。
富田:ステップニーイズムですね(笑)。
原:僕の独断で3曲を聴いてみたいと思いますけど、まずはフローティング・ポインツ(Floating Points)、サム・シェパード(Sam Shepard)というUKのプロデューサーです。 彼は宇多田ヒカルの『BADモード』を一緒につくった人として、日本では少し知られたのかな。 エレクトリックミュージックのプロデューサーでクラブベースのトラックもつくる一方で、ジャズを学んできていて、楽器も弾けて譜面もちゃんと書ける人です。 ファラオ・サンダース(Pharoah Sanders)ともアルバムをつくりました。 そんな多面性というか二重性もおもしろいんですけど、2015年に出た『Elaenia』から「Silhouette」という組曲を聴いてください。 パート1,2,3とあって、どこからがパート2なのかがわからないんですけど、4分20秒ぐらいのところから聴いていただきたいと思います。
原:ちょっとステップニー的な過剰な感じがありますよね。 彼は実際にステップニーから影響を受けたと言っていて。 私にとって非常に重要な存在で、アレンジメント、レコーディングサウンドは私の作曲方法を形づくるのに役立ったと明言しているんです。
富田:コンセプトにステップニーイズムを感じますね。 フィメールコーラスのミニー・リパートン(Minnie Riperton)的アプローチや、ストリングスの高めのレンジ感とか、それもステップニーの過剰な感じというか。 レンジが飛躍しすぎなところも素直にやっているんだろうな。 ダンスミュージックのプロデューサーがつくったものとはちょっと違いますね。 まさに多面性というか、もうひとつの生演奏を中心にした作品として素晴らしいです。
原:確かに、ストリングスの使い方など、前半に話した4ヒーロー(4Hero)とかが出てきた90年代の感じとは違うんですよね。
ステップニーが音楽家に敬愛される理由
原:次にかけようと思うのはソランジュ(Solange)です。 ビヨンセ(Beyoncé)の妹と紹介したほうが早いんですかね。
富田:世間的にはそうなのかな。 僕ら界隈ではソランジュが出てきた時は盛り上がりましたよね。
原:はい。 ミニー・リパートンっぽいとか言われたりもして。 ソランジュは美術の方面にも活動のフィールドを持っていて、お姉さんとは違うスタンスで活動しているんですね。 彼女は、黒人、褐色人種の人たちのためのプラットホームになるような「Saint Heron」という組織をオーガナイズしていて、さまざまな作家やアーティストと一緒に、音楽家として名前が挙がっていたのがステップニーだったんです。 だから、何らかの影響があるんだろうなと思ったら、ロータリー・コネクション(Rotary Connection)のファーストアルバムからピアノの音をサンプリングしているんですよ。 ラヴィン・スプーンフル(The Lovin’ Spoonful)のカバー曲「Didn’t Want To Have To Do It」の最初の印象的なピアノが使われています。 ソランジュの「When I Get Home」というアルバムから「Binz」を聴いてください。
原:曲の終わりに鳴ったポーンっていう音だけです。
富田:この贅沢な使い方で権利のお金を払っているわけですよね(笑)。
原:お金のあるアーティストにしかできないですよね(笑)。 この曲を聴いてからオリジナルのほうを聴いたら、オリジナルの曲自体がアブストラクトでソランジュ的とも言えるなと思えて、ソランジュの曲に聴こえてきたりして不思議な感じがしました。
富田:サンプリングってそういう魔力がありますよね。 どっちが強くなるか、何が理由かよくわからない。
原:これはアニマル・コレクティブ(Animal Collective)というバンドのパンダ・ベア(Panda Bear)がプロデュースに参加していたり、他の曲にはジョン・キャロル・カービー(John Carroll Kirby)が参加していたり、黒人のプロデューサー以外も関わっていて、音のつくり方もステップニーの世界に近いものがあるように思います。
富田:ビヨンセはメインストリームの音楽としてすごく良くできていると思うけど、ソランジュもすごい。
原:他の曲も改めて聴いてみたんですけど、要所がステップニーっぽいなと。
富田:ステップニーはすごく音楽が好きで、凝りまくっているところがあるじゃないですか。 そういうちょっとしたクレイジーさとか過剰さを感じると、それはステップニーっぽいと思っちゃうところがありますよね。
原:そうですね。 それを見つけようと思って聴くとなおさらのこと。
富田:僕は特にリズムが立っていて管弦楽器が過剰にガーッと来るような音楽を聴くと、すごくステップニーの影響を受けているんじゃないかと思っちゃいますよ。 そういった音楽はサンプリングされるようになって以降に多く聴かれるようになったけど、その前にはあまり存在しなかったんですよね。 やっぱりイージーリスニングに近いという認識も昔のミュージシャンには多くて。 ビートルズも最初は弦を入れることを嫌がっていたじゃないですか。 もしかしたら、ステップニーは過剰な管弦使いの元祖で、ダンスミュージック以降のプロデューサーに敬愛されるのも、その辺が理由かもしれないですね。
なぜシカゴからユニークなアーティストが輩出されるのか
原:もう1曲かけたいんですけど、インターナショナル・アンセム(International Anthem)からの新譜なんですね。 シカゴのプロデューサー、作曲家のウィル・ミラー(Will Miller)という若手のプロジェクト、レザボア(Resavoir)のセカンドアルバムです。 ファーストアルバムの頃は大所帯のバンドという感じだったんですよ。 シカゴのマカヤ・マクレイヴン(Makaya McCraven)とかマーキス・ヒル(Marquis Hill)とか、あの世代よりも下の新しいジャズの人たちが入っている感じでしたけど、これは彼自身のプロジェクトになっていて、宅録感があるというか、音のつくり方にステップニーを感じたんですね。
彼は元々ジャズをやっていて、トランペットを10代から吹いているんです。 ケニー・ドーハム(Kenny Dorham)とかがすごく好きだと言っているような人でもあるんですけど、音楽学校を卒業するときに現代ジャズに絶望したらしいんです。 それでサンプリングとかビートをつくったり、プロダクションをやり始めて、そこから即興演奏も改めて捉え直すようになったと。 彼も地下室系の人だと思うんですけど、チャンス・ザ・ラッパー(Chance The Rapper)とかシザ(SZA)とかの録音にも参加している人なんです。 『Resavoir (second album)』というアルバムから「Sunday Morning」という曲を聴いてください。
富田:ステップニーとの共通性ももちろん感じますけど、単純にすごくいい曲ですね。 基本的に転調をいっぱい含む曲というステップニーの特徴は十分に踏襲していると思うけど、シカゴのミュージシャンでしょう。 シカゴに根付いている方法論みたいなものがあるかもしれない。
原:そうですね。 僕はインターナショナル・アンセムがステップニーのアルバムを出すと知ったとき、「え、なんで」と思ったんですよ。 インターナショナル・アンセムってジャズ周辺の新しめの音楽を出しているので、その関係が当初はわからなかったんですよね。 レーベルオーナーのスコッティ・マクニース(Scottie McNiece)がステップニーの3人の娘たちと信頼関係をつくって実現したというのが一番大きかったんですけど、シカゴのジャズから始まっている流れも関係しているのかなと思います。 例えば、ポストロックのトータス(Tortoise)とかは90年代にポストプロダクションに力入れていたじゃないですか。 彼らも元々はパンク出身だけど、ジェフ・パーカー(Jeff Parker)のようにジャズの人たちも巻き込んで、プロダクションに力を入れてきた。 そういうところに冨田さんがおっしゃっている、シカゴならではのプロダクションの部分で受け継がれているものがあるのかなと。
富田:あるような気がします。 トータスはシカゴ音響派と言われていますよね。 ステップニー自身に音響という意識はなかった気がするけど、あれだけ多くの楽器を使っているから、やっぱ音場として過剰だったり、そこがサンプリングしたくなるポイントだったと思うんです。 トータスがパンク出身から音響にアプローチしていったように、いまはジャズの素養のある人が自分のプレイ内容とか楽譜に限るような部分だけじゃなくて、音響にも目配りができるようになった。 その結果が、このレザボアとかの世代では増えてきているような気がします。
原:確かにそれも感じますね。
富田:メインストリームのトレンドとはまた違うけど、すごく惹かれる人たちが度々出てきます。 シカゴは行ったことがないので、ぜひ行きたいです。 何が原因なのか、ちょっとだけわかるかもしれない。
原:なんでしょうね、ニューヨークでもLAでもない、独自性がある。 僕も久々にシカゴに行きたいですね。 まだまだ紹介したい曲がありますけど、またお話しできる機会があればいいなと思います。 今日はどうもありがとうございました。
富田:すごく楽しかったです。 ステップニーを振り返るいい機会になりましたし、皆さんも楽しんでいただけたらいいなと思います。 今日はありがとうございました。
冨田ラボ / 冨田恵一
音楽プロデューサーとして数多くのアーティストに楽曲を提供する他、冨田ラボとして今までに7枚のアルバムを発表。 2022年にはオリジナルアルバム「7+」をリリース。 冨田ラボの20周年を彩る20名の豪華アーティストが参加。 2023年、冨田ラボとしての活動が満20年を迎える。 6月21日には20周年を記念したアルバム「冨田ラボ / 冨田恵一 WORKS BEST 2 〜beautiful songs to remember〜」をリリース。 数々のヒット作品に関わり、圧倒的な支持を得るポップス界のマエストロ。
原 雅明
音楽に関する執筆活動の傍ら、レーベルringsのプロデューサーとしてレイ・ハラカミの再発などに携わる。 LA発のネットラジオdublab.jpのディレクター、ホテルの選曲やDJも手掛け、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。 早稲田大学非常勤講師。 著書『Jazz Thing ジャズという何か』ほか。
Photos:Yukitaka Amemiya
Words & Edit:Shota Kato