みなさんは「アンビエント」という音楽ジャンルをご存知でしょうか。 「環境音楽」ともいわれるアンビエントは、ブライアン・イーノ(Brian Eno)と呼ばれる人物が提唱した音楽ジャンルです。 イーノが制作したアンビエント音楽は、レコードで聴くと大変心地が良く、音楽作品としては勿論、リラックスできる素敵な入眠BGMとしても最適なものであるとともに、また、ここ最近再び注目を集めている音楽ジャンルでもあります。

そんなオーディオとも親和性の高いブライアン・イーノのアンビエント・ミュージックについて、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんに教えていただきました。

アンビエントは思考を促す音楽でもある

アンビエントは、新たな音楽の聴き方の提唱でした。 注意深く聴いても良いし、聴き流しても良いもの。 ただ、いわゆるBGMと呼ばれるものと決定的に違うことがあります。

イーノが自著「A year」の中で語っている言葉によると、それは、「その音楽が持つ雰囲気や情緒によって聴く人の心情やその場所の雰囲気を染め上げるのではなく、逆に、その音楽を聴くことによって、聴く人自身の思考を深めたり、その場所が本来持っている特徴を引き出すために作られた音楽」だということです。

その意味で、ごく一般的に「アンビエント」と呼ばれている多くの音楽とは、本質的な趣旨が異なるものだと私は感じています。

実際、彼が最初にアンビエントと名付けて発表した作品「Ambient 1: Music for Airports」は、複数台のテープデッキを同時にループ再生することで楽曲が構成され、それぞれのテープは偶発的に重なり合うため、音楽の明確な終わりや始まりを持たないほか、明るかったり暗かったりという情動を誘うハーモニーやメロディ、そして、ドラマティックな展開もありません。

また、この音楽の特徴として、「音の肌合い」、つまりは音の質感そのものに意識が向けられており、それ自体も音楽の重要な構成要素として存在しています。 これがまさに、レコードやオーディオとの親和性の高さの由縁でしょう。

そんな彼のアンビエント作品の中でも、特に私が特に気に入っているものをご紹介します。 それは、イーノが作曲家でピアニストのハロルド・バッド(Harold Budd)とコラボレーションした作品「Ambient 2 – The Plateaux of Mirror」と「The Pearl」です。

これらは、バッドがピアノを弾き、イーノがエフェクトやシンセサイザーを含むサウンドのセッティング及びアレンジを担当しているようです。 また、「The Pearl」 は、若き日のダニエル・ラノワ(Daniel Lanois)もプロデュースで参加するなど、より洗練されたサウンドとなっています。

コラボレーションによって、バッドのソロ作よりも彼の音楽性がより魅力的に、かつより分かりやすく伝わりやすく引き出されているように感じるのですが、これはデヴィッド・ボウイ(David Bowie)やU2などのプロデュースを手掛けるブライアン・イーノの、そして「The Pearl」 では、ダニエル・ラノワの手腕が発揮されていることは間違いありません。

この2作品は、ピアノの音や声、シンセサイザーなどの楽器が、とても有機的な音色で描き出されています

この2作品は、ピアノの音や声、シンセサイザーなどの楽器が、とても有機的な音色で描き出されています。 また、独特の広がりある音作りがなされており、得も言えぬ浮遊感が美しいのです。 まるで、古い映画に映し出される異郷の自然風景がどこまでも広がるような、独特の感性による「音の風景」が続いていきます。

それでいて、聴くものを突き放すような実験性や、直接的な明るさや暗さを示すことのない無色で平坦な曲想は、リスナーがいま目にしている物や風景の本質、そして、いま行なっている思考をクリアにしてくれるように私は感じます。

穏やかで包み込まれるような心地のよいサウンドであるとともに、その音を聴く、もしくは聞くことによって思考が整理されていくので、自然に眠りへと入ることが出来るのです。 その意味で、ヒーリング音楽やチルアウト、癒し系、導眠BGMや快眠BGMといった音楽以上に、それらが目指す効果を得られると私は体感します。

また、注意深く耳を傾けてみると、アナログ的な手法で収録・実現したからこそであろう、微かで不思議なノイズのような音が随所に入っており、それが作品の懐の深さを広げています。 これらが織りなす淡い音色の質感はほかでは聴くことが出来ません。 是非ともレコードで聴いて感じ取って欲しいですし、また、この独特の広がり感や包まれる浮遊感は、スピーカーを使ったオーディオ再生でこそ楽しんで頂きたいですね。

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Words:Saburo Ubukata