今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。 デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。
「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。 「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。 あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。
曽我部恵一が考える「アナログ・レコードの魅力」
僕が小さい頃はまだレコードしかない時代でした。 両親が持っていたクラシックやムード音楽のレコードに針を落としては、盤面から音が出る、という現象の面白さに感動していた記憶があります。 中学生くらいから自分でロックやパンクのレコードを買い始めたんですが、当時は当然ネット検索なんてできないから、レコードのジャケット上にある文字情報から全てを見極めなくてはならなかったんです。 スタジオやレーベルの名前を必死に覚えて手がかりにしていく。 良い音楽に出会うための情報に飢えていたし、そこにあるアートや文化の香りを嗅ぎ取るのが楽しかった。
僕にとってレコードは、音が出るだけじゃなくて、写真やイラストも楽しめて、読み物でもある魔法のメディア。 モノとしてたまらない魅力を持つ存在ですね。 なので、今回は「クレジット」というよりアナログ・レコードならではの特殊な、そして、すでに持っている作品でも買い直したくなる魅力的な仕様のコレクションを持参しました。
ーーーというわけで今回はCredit5 番外編。 レコード好きなら知っておいて損はない、特殊仕様のアナログ・レコードを紹介してもらった。
海外コレクター垂涎の「赤盤」
当時の 東芝音楽工業(現・EMI Records Japan)が1960年代から70年代始めにかけて製造していた、埃が付着しにくい素材を使った盤が赤色の通称「赤盤」という種類のレコードがありまして。 通常の盤よりも音が良い、なんて言われていますが、実際にどこまで音質が違うのかと言われると、そこまで大きな差はない気がしているのですが(笑)。 見つけるとやはり買ってしまいますね。
今でこそ赤盤はコレクターズアイテムとして認知されていますが、1990年代くらいまでは日本でまだその価値が認知されていなくて、その辺のお店で中古盤を買ったらたまたま赤盤だった、くらいのありふれた存在でした。 海外のビートルズマニアたちに発見されてから、徐々にブランド化していったのでしょうね。
モノラル仕様のプロモ盤
僕は、同じ作品がCDとレコードで出ていたらレコードの方を買うし、レコードでステレオとモノラルがあったらモノラルを選びます。 1960年代後半まではモノラル盤で制作された作品が普通に流通していましたが、それ以降は完全にステレオ盤に切り替わります。 しかし、ステレオ盤でリリースされた作品も、ラジオ局用のプロモ盤はモノラル仕様で少量で作られていたんです。 今日持ってきたものはすべて、本来はステレオ盤しか存在しない作品のモノラル仕様のプロモ盤です。
ロックミュージックはモノラルならではの、全部の音が真ん中からどんと来る、両方の耳にせーので入ってくるあのダイナミクスで聴きたいんです。 なんというか、余計なことを考えずに音楽に入っていけるんですよ。
日本盤独自ジャケット
今では考えられないことですが、1970年代くらいまでの洋楽の国内盤のジャケットのなかには、恐らくは本国側の確認を取らずに独自のアートワークを作ってリリースしているものがあります。
今日持ってきたのは、SCORPIONS(スコーピオンズ)のベストアルバム(写真左が日本盤、右がアメリカ盤)なのですが、表現規制に引っかかって差し替えになった、という事情のものでは多分ないんですよね。 変更の意図はわかりませんが、すごくスコーピオンズらしい世界観のかっこいいデザインになっているんですよ。 僕は日本盤の方が好きです。 こういうことが当時は結構起こっていて、日本盤の方が攻めたデザインをしていたり、海外ではセクシー過ぎてNGになったジャケットが日本ではそのまま使われて流通したりしていたんです。
「オリジナルアナログマスター」の再発盤
昨今、レコードブームで過去の名作の再発盤が数多く出ていますが、その中には実はCDをマスター音源にしているものも少なからずあります。そもそもマスターテープも大昔のものだったりするので、その所在がわからなくなってることもあるんです。そういう場合はCDから丁寧にリマスタリングしてカッティングするわけです。
アナログのマスター音源からカッティングするのってすごく手間がかかるので仕方ないとは思うんです。 レコード会社の倉庫を開けてもらってマスターテープを発掘するところから始めなくてはならないですから…。 ただ、CDは44.1kHz / 16bitという規格で作られているものなので、情報量に上限がある。 レコードという媒体はそういった上限がないので、非圧縮のマスター音源のポテンシャルをいかすことができるんです。 CDはCDというメディア特有の音質に合わせたマスタリングがされていたり、音圧を出すために強いコンプレッションがかかっていることがあるので、CDマスターで行うアナログカッティングもある程度それに準じることになる。 その点、アナログマスターであれば、生のデータを使うのでレコードに最適化したマスタリングが可能な訳です。 アナログマスターのものは、原音に近くてすごく「活きの良い」音がしますよ。
資生堂プロモ7インチ
これも「Not For Sale」なシリーズですが、資生堂さんのCMソングのプロモ盤7インチです。 非売品のものにここまで凝ったジャケットデザインを施してしまうという、気合いの入れようが素晴らしいですよね。
ラインナップが名曲だらけなのはもちろん、有名な女優さんを起用していて、コピーのフォントもかっこいい。 あの時代のイケてるクリエイティブの象徴みたいなものですよね。 当時は、化粧品会社同士でそういう競い方をしていたイメージがあります。 良い音楽と良いデザインで他社と差をつけるというような。
曽我部恵一
1971年生まれ、香川県出身。 1990年代からサニーデイ・サービスの中心人物として活躍し、バンド解散後の2001年からソロアーティストとしての活動を開始する。 精力的なライブ活動と作品リリースを続け、客演やプロデュースワークなども多数。 現在はソロのほか、再結成したサニーデイ・サービスなどで活動を展開している。 2004年からは自主レーベル「ROSE RECORDS」を設立し、自身の作品を含むさまざまなアイテムを発表。
サニーデイ・サービス最新作『DOKI DOKI』発売中。
<サニーデイ・サービス TOUR 2023>はこのあとも全国を回り、映画『ドキュメント サニーデイ・サービス』は7月7日より渋谷シネクイントを皮切りに全国公開予定!
Photos:Keisuke Tanigawa
Words & Edit:Kunihiro Miki