クラシック音楽は、誰の演奏を聴くかで楽曲の印象が大きく変わってきます。 ある演奏ではなんとなくピンとこなかった曲も、別の演奏では大いに心に響いたなど、びっくりするほど伝わり方が異なります。 「クラシック=古典」と言われる同じ曲を、時代や国籍も違う様々な人々がそのひとなりの解釈で演奏することによって生み出される多様性。 これこそがクラシック音楽の醍醐味の一つと言えます。

同じ楽曲でも時代や流行、演奏の言語で全く違う印象に

そこで、音源を選ぶにあたっての取っ掛かり自体は、以前の記事で書いた作曲家や編成ジャンルで選んでも良いですし、その中で聴いて気になった演奏家がいたら、まずはその演奏家に焦点を当てて自分好みの音源を探していくのも良いでしょう。 現代の演奏家は勿論ですが、時代を遡っていくと、その時代ごとの演奏スタイルの傾向や流行などがあるため、その内容も大きく変わってきます。

はじめてのクラシック 〜まずは歴史と作曲家たちを知ろう〜

不思議なもので、演奏にも語法や話法といったものが感じられます。 日本人である筆者は、同じく日本人の演奏を聴くと、その演奏解釈をすんなりと理解できたり、親近感を抱く場合も多いです。 言語や会話にもイントネーションやテンポがありますが、同じく演奏にも、アクセントの置き方や間のとり方があり、それがしっくりと来る要因なのでしょうか。 それもあって私は、まずは日本人の演奏で聴いてみるというのもひとつの入り方だと思っています。

レーベルに注目してみよう

また、音源を探す際に強力なガイドとなってくれるのがレーベルです。 レーベルは、音質の傾向が一貫していること、レーベルによってはリリースする音楽ジャンルが統一されていること、そして、レーベルによっては演奏家と独占契約している場合もあります。 よって、なにか好みの作品を見つけたら、それをリリースしているレーベルの別タイトルを探してみると、あなた好みの音源に出合う確率が高くなります。

あとは演奏を楽しむだけ

大体の選び方がわかったら、あとは気になるタイトルを試聴してみましょう。 今の時代、多くのタイトルはインターネットを利用してデジタルリリース版を試聴することができます。 レコードの場合、近年リリースされたものはレコード盤でのリリースが存在しないものもありますが、大手レーベルの人気アーティストの新譜はレコードでもリリースされている場合もあるほか、1980年ころよりも前から活動しているベテランの演奏家であれば、過去の作品がレコードでもリリースされており、多くはそれのデジタルリマスター版が発売されている。 ストリーミングサービスはもちろんのこと、無料で試聴できる〈ナクソス・ミュージック・ライブラリー〉などを活用して探してみてください。

とにかく聴いて欲しい1枚をご紹介

以下に、個人的に是非とも聴いて頂きたいレコードをピックアップするとともに、そのレコードに行き着いた経緯もご紹介しますので、ご参考にしてください!

「バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全集(I)~(III)」

ヨーゼフ・シゲティ

シゲティは1892年生まれのヴァイオリニストで、巨匠の一人に数えられる演奏家です。 録音は1955年及び1956年と古く、演奏自体も現在の流行スタイルとは大きく異なるものです。 どっしりとして雄大ですが、テクニックのひけらかしや虚飾とは無縁と感じさせる達観の演奏で、まさに究極形のひとつと感じます。 アナログ録音時代の音源で、なおかつ非常に素直なサウンドで収録されているため、CDなどデジタルで聴くのとは大きく印象が異なるかもしれません。 ぜひともアナログレコードで聴いてみて欲しい音源の一つです。 再発の日本版の中古は数百円で買えるはずですが、内容は演奏も音質も絶品です。 加えて、こちらはモノラルレコードですので、オーディオテクニカ「VM610MONO」や「AT33MONO」などのモノラルカートリッジで聴いてみてください、説得力が全然違うんですよ!
なお、この盤は、「バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」が好きで、色々な演奏家を聴き比べていく中で出会ったものです。

「ギター・オデッセイ~四季」

山下和仁、ラリー・コリエル

山下和仁は、日本人演奏家の中でも強烈な個性を持ったプレーヤーです。 若くして国際的な賞を受賞するという天才的な才能を持った方で、若かりし日の、髪を振り乱しながらギターのボディが削れるほどの力強さで演奏するスタイルは極めて印象的です。 その山下がジャズ・ギタリストの大家ラリー・コリエルと組んだ異色のデュオで、しかもヴィヴァルディの「四季」というクラシックの中でもポピュラーな楽曲に取り組んでいます。 純粋なクラシックギターとOvation製エレクトリック・アコースティックギターという音色の対比や、クラシックとジャズという演奏の鮮やかな対比も面白い内容で、決して他にはない実にユニークかつ衝撃的な作品となっています。 ダイナミックレンジ(音の強弱の範囲)が広い録音で鮮烈すぎるほどの音質となっており独特ですが、引き込まれること間違い無しの音源です。
こちらは、J.Sバッハ作品(無伴奏ヴァイオリン・ソナタ のオリジナルギター編曲)の演奏を聴いて山下和仁を好きになり、彼のリリース作品を追っていく中で出会ったものです。

「Steve Reich: Reich/Richter」

ジョージ・ジャクソン(指揮)、アンサンブル・アンテルコンタンポラン

参考リンク
一転して、近年に作曲された作品です。 ミニマル・ミュージックの旗手あるスティーブ・ライヒと現代アートの巨匠ゲルハルト・リヒターとのコラボレーション作品で、リヒターが2017年にドイツの映画製作者コリーナ・ベルツと共同製作した抽象映画に対して作曲されたミニマル・ミュージックです。 抽象絵画のコンピューター画像を繰り返し分割してミラーリングした映像のピクセル変化などにリンクして、フレーズの音価やテンポが変化する作品とのことで、ピアノやマリンバ、木管や弦楽器などが色彩感豊かにレイヤーされていく様がなんとも美しい楽曲です。 転調も多くクラスター的な和音(ごく近い音程で重なる和音)が連なるなど音響的にも面白い作品で、写実的で瑞々しい音色の録音と相まって、まるで映像を眺めるかのような音楽です。
こちらは楽曲や演奏家というよりも、新譜のチェックをしていて気になったものです。 ライヒやリヒターは以前から知っていましたが、新譜のLP情報からこの作品を知り、入手するに至りました。

Words:Saburo Ubukata