一世紀以上も前から存在するレコードの技術。 電気が利用されてからは録音・再生される音質は飛躍的に向上しました。 そんなオーディオの音の仕組みについて、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。
「今から100年ほど前まで、レコードの録音はアコースティック式といって、針先にラッパを取り付けてそれで歌や演奏を収音し、ワックス盤と呼ばれるカッティング・マスターへ刻むという方式でした。 この方式は大きな音を刻むことが難しく、ラッパ特有の歪みっぽさも加わるものですから、ハイファイにはいささか遠いものだったといわざるを得ません。 」
電気の利用で技術が発展
100年前というと、アメリカではちょうどラジオ放送が盛んになり始めた頃。 パーソナリティの声や楽器の演奏、歌手の歌などをマイクで拾い、その電気信号を割り当てられた周波数の電波に乗せ、真空管式の巨大なアンプで増幅して送信塔から送り出すのが初期のラジオの方式です。
このマイク並びに真空管アンプと同じ技術が、レコードの音質を劇的に向上させました。 電気吹き込み方式の誕生です。 歌や楽器の演奏をマイクで拾ってアンプで増幅し、その大きな電気信号でカッターヘッドを動かしてワックス盤へ音溝を刻む。 これでより正確で大振幅の音溝が刻めるようになったのです。
そしてまた、この同じ技術が音楽再生も劇的に進化させます。 電気蓄音機、いわゆる電蓄です。 それまでのアコースティック蓄音機は、音溝をたどる鉄針の振動を受けたダイヤフラムに大きなラッパをつけて音を鳴らすという原理でした。 音は悪くなかったのですが、鉄針には100gを超える目方がかかっており、当時のSPレコードはすぐ擦り切れてしまっていたのです。
ところが電蓄の針はほんの10g程度しかかからず、レコードが劇的に長持ちするようになりました。 また、アンプで増幅された電気信号を音波に変えるスピーカーもラッパよりずっとワイドレンジの音楽再生を可能にしました。 電蓄の技術は現在もオーディオの基本として引き継がれていますから、レコード再生における大きな一歩だったのでしょうね。
その原理はフレミングの法則
このマイク、カッターヘッド、電蓄の針(カートリッジ)、スピーカーは、実はほぼ同じ原理で動いています。 物理学者のジョン・フレミング(1849-1945)が発表した「フレミングの法則*」です。 この法則には「右手」と「左手」の2つがあって、右手で動作しているのがマイクとカートリッジ、左手で動作しているのがカッターヘッドとスピーカーです。
もともとは右手が発電機、左手がモーターの原理を表すものなのですが、マイクは音波、カートリッジは音溝の振動という物理的な動きを電気信号に変える、つまり小さな発電機なのです。 一方のカッターヘッドやスピーカーは、アンプで増幅された電気信号で、前者はレコードの音溝を刻み、後者は空間に音楽、つまり音波を放射します。 モーターは電力を受けて回転という力を生み出す装置ですから、つまりモーターもカッターヘッドもスピーカーも、動作原理は同じなのですね。
実はこの「右手」と「左手」、鏡に映したようなものでほとんど同じものなんですよ。 カッターヘッドはさすがに無理だけれど、小さなスピーカーをマイク端子に突っ込んでやると、不完全ながら音を拾うことができますし、頑丈なものならマイクをスピーカー端子へつなげば、音を出すこともできるのです。 でも、後者の実験は絶対にマネしないで下さいね。
トランスデューサーがレコード再生の基本的な原理
これらの「物理的振動を電気信号に変える」、また「電気信号を物理的振動に変える」装置のことを、『トランスデューサー』といいます。 先ほどの「右手」トランスデューサーのカートリッジがレコードから微弱な電気信号を作り、アンプが信号を増幅し、その大きな電力で「左手」トランスデューサーのスピーカーが再び物理振動としての音楽を鳴らす。 これがレコード再生の基本的な流れです。
少数の例外はありますが、トランスデューサーはダイナミック型という方式で、右手は発電し、左手は音楽を鳴らしています。 これは「電気の流れている導体に磁力をかけると力が発生する」電磁誘導の法則によって動作する回路です。 電線1本では微弱な力しか得られませんから、同じ磁力線に何度も電線を当てるために、電線をグルグル巻くことが考案されました。 ご存じの通り、これをコイルといいます。
コイルと磁石で音の正体の実験
福井県の越前市に、オーディオテクニカフクイという会社があります。 オーディオテクニカのカートリッジやマイクロホン、ヘッドホンなどを生産している会社です。 この会社は文化・教育活動にも力を入れていて、福井県立こども歴史文化館でワークショップを開いています。
2022年の12月、このワークショップで用いられたのは、大ぶりなPET素材のコップの底にコイルを取り付け、そこからケーブルを引いたものです。 スマホやDAP(デジタル・オーディオ・プレーヤー)のイヤホン端子に接続して音楽を再生しても、最初は何も聴こえません。
そのコイルに、小さいけれど強い磁力を持つネオジム磁石を近づけていくと、だんだん音楽が聴こえてくるようになり、ワークショップに参加した子供たちから「おっ!すげ~!」という声が挙がったそうです。 もうお分かりですね、電磁誘導の法則に基づき、ダイナミック型の磁気回路が形成されたのです。
ただコイルが振動するだけだとほとんど音は聴こえませんが、プラスチックのコップに取り付けることで、ちゃんと音楽が耳へ届くようになります。 これはコップの底板が振動板の役割を果たし、コップ全体が共鳴することで、より多くの空気を震わせることが可能になったのです。
この実験に用いられたコップとコイル、磁石のセットは、今のところ非売品だそうですが、一般に発売してもらえないものでしょうか。 もっといえば、このワークショップを福井県以外でも行ってくれたらうれしいですね。
Words:Akira Sumiyama