エッフェル塔。 パリ7区、シャン・ド・マルス公園の北西に位置する大建造物。 訪れたことはなくとも、映画のワンシーンで、ポストカードで、あるいはキーホルダーで目にしたことがあると思う。 だけど「どんな音がする場所なのか」は、意外と知らない。
観光地を“聴いて”みたい
別名「鉄の貴婦人」というその呼び名が語るように、荘厳で上品な佇まいのエッフェル塔。 一度は訪れこの目で捉えてみたいと思う人が絶えず訪れる世界有数の名所だが、こんな素朴な疑問をもったアーティストがいた。
「エッフェル塔は、どんな音がする?」
サウンドベースのビジュアルアーティストであり科学者のChina Blue(チャイナ・ブルー)が「聴いてみたい」と思う対象は、いつもユニークで壮大だ(別で「土星の環の音」の制作話も取材した)。 彼女とその夫、神経生物学者・宇宙科学者のDr. Seth Horowitz(セス・ホロヴィッツ)と出会いともに人生を歩んできた時間は、夫婦としてだけでなく、音への探究もともに続けた日々だった*。
二人がエッフェル塔の音をリサーチしはじめたのは、2008年。 鉄筋でできた塔の音をいくつかの特別なレコーディング機材を使用して収集。 後に、それらの音を用いて映像作品『Under Voices』を制作し、CD『Under Voices:Les Voix delaTourEiffel』をリリースしている。
世界遺産の一つエッフェル塔の音を採取したChina Blueと話し、聴こえてきたのは、エッフェル塔の日常だ。
*もともとDr. Sero Horowitzに音の研究について取材を申し込んだところ、数年前に他界している旨をChina Blueが返信をくれ、改めて彼女とやり取りをし、今回の取材への運びとなった。
パリを訪れて、エッフェル塔を目の当たりにしたら「どうしても音が聴きたくなった」そうですね。
Seth(夫、Dr. Horowitz)と結婚する前にパリを訪れたんです。 エッフェル塔といえばパリ観光の大人気スポット。 そして、ロマンスのシンボルでしょ。
「どんな音がするんだろう」という疑問が浮かぶのは、とてもユニークですよ。
そうですね。 「エッフェル塔ってどんな音がするんだろう?」って疑問をSethに投げかけてみたら「面白い、研究してみるのはいいんじゃないか?」って。 それで研究を開始しました。
科学者カップルだからこその会話ですねえ。
ね。 本当に(笑)
研究は二人きりで?
Sethと私、それから7人のアシスタントに参加してもらいました。 エッフェル塔はとても大きいし、音を採取する際には数台のレコーディング機材を使用しないといけないから人手が必要だったんです。
エッフェル塔は約300メートルもの高さ。 移動だけでも大変ですね。 音の採取はどのようにおこなったのですか?
エッフェル塔では一度にいろんな音が発生しているんです。 ですので、採取の仕方やレコーディング機材の種類なども変わってきます。 例えば、レコーディング機材をエッフェル塔の鉄筋に装着して音を採取する方法や、バイノーラル録音(両耳にマイクを入れて録音する方法)を採用したり。
世界遺産にも認定されるエッフェル塔に、レコーディング機材を取り付けたりもしていいんですね。
特別な許可をもらいました! 許可がない限りエッフェル塔には触ったらダメですよ。 「DO NOT TOUCH(触るな)」って書いてあるサインがあちらこちらにあります(笑)
実はそれが原因でハプニングもあったりして。 朝、Sethがフェンスに登ってガムテープで機材を鉄筋に取り付けていたら、警備員にひどく怒られた日もありました(笑)。 その警備員の腰には拳銃があって、こわかった…。
いろんな難を乗り越えつつ。
ええ、なんとか音の採取に成功しました。 鉄筋に耳を傾けると、いろんな音が聞こえてきました。 雨が降ってる音、風が強く塔が揺れている音。 他には、エレベーターが動いている音。 エレベーターに取り付けられた車輪が回る音まで、しっかり聞こえました。
そしてよーく耳を澄ますと、今度は微かにエレベーターのなかで人が話している声まで聞こえてくる。 どんな話をしているかまでは聞こえないけれど、会話がなされているのがわかる程度に。
まるで、エッフェル塔の内緒話のようですね。 素敵。
最初に聞こえてきたのは、どれも低い音程で、わずかにとらえられるくらいのもの。 それを聴きながら採取の精度をあげていき、なんの音かを突きとめていくんです。 音のグラフをみたことはある? ギザギザの線で周波数を表すもので、それを見ながら音がしそうなところを探って、ボリュームを調整して聴いていく。 なんの音なのかを突き止めるまで、その調整を繰り返します。
バイノーラル録音でどのように音を録ったのか、どんなものが聞こえたのか、教えてください。
マイクを両耳に入れて、自分でエッフェル塔やその周りを歩きまわって録音します。 エッフェル塔周辺や地下を歩いてみたり、エレベーターに乗ってみたり。 そうすることで、エッフェル塔を見にきている人々の音を集めていきます。 足音だったり、声ですね。 英語やアイルランド語、スコットランド語だったり、いろんな国の言葉が混ざっていておもしろかったですよ。
エッフェル塔から聴こえてきたなかで、一番好きだった音はなんですか。
エッフェル塔の鉄筋から聞こえてきた、学校の行事でエッフェル塔を訪れたアイルランド人の子どもたちの団体の声です。 エッフェル塔の最上階を目の当たりにして、みんなものすごく興奮しながら、「オーマイガー!」「Look!(見て!)」と騒いでいました。 科学的なことだけでなく、社会的な要素もこの研究では取り入れることができて、それがとてもよかったと思っています。
China Blue/チャイナ・ブルー
アメリカ・ロードアイランド州、ニューヨーク州を拠点に活動するサウンドベースのビジュアルアーティスト。 音響学、低周波音、脳科学などを主に研究し、その研究結果をインスタレーション作品などのアートで表現している。 2008年以降、イタリア、日本、カナダなど世界各国で展示会に参加。
Image and Sound by China Blue
Interview:Ayano Mori(HEAPS)
Words: HEAPS