効率性と安全性を求め、あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えたZ世代の間でもレコードの需要が高まっており、80年代の盤が再発されたりと人気が再燃。「アナログ」が改めて評価されている。今回は、そんなレコードのポテンシャルを引き出すため、日本橋兜町にあるナチュラルワイン専門店「Human Nature」のサウンドシステムにオーディオテクニカのターンテーブルとカートリッジを導入・比較し、その音の違いを聴き比べてみることにした。シーンを跨いだ音好きが日々集い、ワインの傍にある音と会話を愉しむHuman Nature店主の高橋心一さんと、彼の友人である音楽家兼プロデューサーのTOMC(トムシー)さんもお招きし、音とワインの酸に存分に魅了されることとしよう。連載最終回となる「Part.3」をお届け。
新種のDJ、「針J」。
TOMCさんは他にどんなレコードを持ってきたのでしょう?
TOMC:生演奏のものとか、広瀬豊さんなどの80sの日本のアンビエントですね。あとは隆盛を極めていると言ってもいい、LAミュージックシーンのキーパーソンであるカルロス・ニーニョなど。
広瀬豊さんの盤はどういったものなんですか?
TOMC:これは再発されたものなんですが、音と音の間がすごく広くて、環境音が巧みに混ざり合っている素晴らしい作品。個人的にもすごく影響を受けたアルバムで、絶対、「760」の針が合うと思うんです。
〜「VM760SLC」のカートリッジで試聴 広瀬豊『NOVA』~
TOMC:いいですね。アンビエントって、どこが中心点かわからない音楽ですよね。すごく包まれるというか。これだけ人がいる空間で、この曲をかけていい時ってなかなかないですよ(笑)。ちょっと静謐過ぎますし。なんだか恐縮しちゃうな。この曲すごく長いので、変えますか?
高橋:いや、まだ全然聴いていたい。気持ちいいから(笑)。
TOMC:これは、意識的に環境音を取り入れた曲としては世界初と言われていて。
高橋:え!? そんな歴史的な1枚なの?
TOMC:ミサワホームがやっていた環境音楽シリーズで。
高橋:ミサワホームってあの住宅メーカーの?
TOMC:そうなんです。ミサワホーム総合研究所というところが「場と音楽の関係」をテーマにレーベルをやっていて。第1弾が吉村弘さんで、第2弾がこの広瀬豊さん。
高橋:何年のやつ?
TOMC:83、4年ですね。
同じ時代、青山にあるスパイラル、その運営をしているワコールアートセンターのために、同じく再評価の熱が上がり続けている尾島由郎さんらが楽曲を提供し、盤を出したりっていうこともありましたね。ニューエイジ思想の社会的なムーブメントも背景にあると思いますが、合理性を超えた、空間を音で彩るといった試みが積極的に行われていました。
TOMC:ミサワホームって家の会社なので、家でどんな音が鳴るべきかというテーマで、シンセサイザーで水の音を表現するというのが皮切り。それに対して、今度は水の音と環境音を入れた複合的なものを作ろうとなったらしくて。第1弾は全然再発されないんですよね。オリジナルが5万とか10万とかくらいまで値上がりして、もう買えないレベルになってしまって。吉村弘さんのファーストのあまりリッチではない弾き語りのような作品は再発されて人気が高まっているようですが、かつてのアンビエントはなかなか買えないですよね。
高橋:オリジナルの希少性、再評価故に、アンビエントは高いよね。
TOMC:でもとにかく、こんな最高の音響で広瀬豊さんの音楽が聴けるの、本当に最高ですね。ずっとやれてしまいそう(笑)。僕はDJもよくやるのですが、みんなで試聴会をするのが純粋に新鮮で楽しい。DJは場を包み込みますし、かける側も聴く側も音楽に身を委ねるんだけれども、しっかりと音そのもののテクスチャーに対峙はし辛い環境がほとんどですしね。いい音響で鑑賞会をする需要って、きっとあると思いますよ。ゆっくり楽しめるワインというソフトとも相性バッチリですしね。と言っているとずっと聴いてしまいそうなので、そろそろ変えてみますか?
高橋:TOMC、この企画、新種のDJみたいじゃない? 「針J」(笑)。
TOMC:「針J」(笑)。面白いですね、それ。次はどの針でかけるかっていう。
オールマイティさか、際立つ個性か。好みがわかれるのも面白い。
次はハイエンド針とミドルクラス針の聴き比べをしてみますか。ブライアン・イーノの『Before & After Science』が棚にあったのでそれにします?
高橋:FISHMANSにしようよ。『Night Cruising』のZAKさん(=ライブ/レコーディングエンジニア)リミックスの。これまでかけてこなかったエレクトロニック系のビート物。
〜「VM760SLC」のカートリッジで試聴 FISHMANS「Night Cruising(Remixed by ZAK)」~
TOMC:おお、かっこよ。すごく透き通ってますね。
高橋:目を閉じたらほぼ目の前に音の粒がいる感じ。遅れ気味のビートもいいよね、もたり具合が。
TOMC:本当にいい音。いい針ってどんな曲で聴いてもピッタリというか。次の針にします? ミドルクラスの「530」とか。
〜「VM530EN」のカートリッジで試聴 FISHMANS「Night Cruising(Remixed by ZAK)」~
高橋:あれ、高域強い?「より精細な高域の表現力とシャープな音像表現」と説明書にあるし、ソウル、ファンクとかにも合いそうなハリのある音だね。でも、やっぱりオールマイティさっていう点でも、「760」がぶっちぎりで最高かな。
TOMC:そうですね。でも、その次に何かって聞かれたら、意外と僕は「510」のエントリーモデルかも。いい音でしたし、バランスも取れていて。キャラクターの違いというか、数字が大きいといいのかなと思ったんですけど、案外そうとも言えないというか、特徴がそれぞれにあってグレードレンジが幅広く、豊富な意味がわかる。
多くの人がいつでも心地いいと感じられるのが「760」「510」の2種あたりなのかもしれませんね。あとは気分によって、その他のモデルに変えられたりできると理想……。
高橋:そうだ! このままレディオヘッドの『KID A』聴こうよ!
TOMC:お、『KID A』来ましたね! どの曲をかけますか? 僕は、『OK COMPUTER』ならコレというのがあるんですけど、『KID A』は全部スーッと聴けるので、なんでも大丈夫ですよ。
高橋:じゃあ、まずは「The National Anthem」で。
〜「VM530EN」のカートリッジで試聴 レディオヘッド「The National Anthem」~
TOMC:この環境で改めて聴くとめちゃくちゃグルービーですね!
高橋:ねぇ、1回おにぎり食べない?
TOMC:え、おにぎり(笑)!?
高橋:これでお腹の具合も整えてさ。それから、Everything〜♪ じゃない? 1曲目の「Everything In Its Right Place」聴こうよ。すべて整うっていう曲を。
TOMC:うわぁやばい。あれ、こんなにいい音でしたっけ? 知らない音がたくさん聴こえる……。
高橋:俺、ピンチを脱出して逆に元よりもいい展開に発展すると頭の中でこの曲が流れるんだよね。
TOMC:(笑)。
高橋:ガンガン食べてね、もう1回炊けるから。おにぎり本気でやりたいな(笑)。
TOMC:ここで1回立ち返って、「510」のエントリーモデルに変えてみましょうか(笑)。
〜「VM510CB」のカートリッジで試聴 レディオヘッド「Everything In Its Right Place」〜
TOMC:あれ? さっきよりバランス取れてません? ニュートラルな感じに聴こえる。
高橋:俺はさっきの方がよく聴こえたかな。
TOMC:ちょっと個性がない感じにも聴こえるかもしれませんけど。僕はローがくっきり聴こえる方が好きだからかもしれませんね。エントリーモデルの方がローが強調される印象。
高橋:でも、サブスクの音で満足していたあの時代……本当に怖いね。こうやって聴き比べで吟味すると本当にわかるものだね。最後に760に変えて聴いてみようよ。
〜「VM760SLC」のカートリッジで試聴 レディオヘッド「Everything In Its Right Place」~
TOMC:こっちの方が音の質感とバランスが全然違う。やっぱりこれが一番いいですよ、驚くほど。
高橋:違うよね。とてつもなく高級感がある。
TOMC:ローの綺麗さが大きく違いますよね。一聴すると前面にそれが出てきているようで、強過ぎることがないというか、くっきりしてはいるんですけど。
高橋:解像度がかなり高く聴こえる。
TOMC:正直、カートリッジでこんなに違うとは思っていなかったです。カートリッジにもこだわらないとな……って改めて思いました。
高橋:比較対象があるとそれぞれにいい点があったり、段々興味が出てくるよね。全然キャラが違ったりするのも面白かった。
このまま続けられてしまいそうですが(笑)、そろそろまとめに入りたいと思います。今回、カートリッジで聴き比べてみて、率直にどのように感じられましたか?
高橋:普段、同じ機材を使って聴くから、プレーヤーもそうだし、カートリッジが変わるだけでこんなに音がダイナミックに変わるんだっていうのに驚きましたね。しかも、聴き比べるからこそ分かる。もちろんわかってはいたけど、レコードというメディアにしっかりとズームしていくと、やっぱり体感的に解像度が高いっていうことを痛感させられたし、ズームをしてくれる媒介がカートリッジ/針というとても小さな存在で、その特性によって音が大きく変化することが感覚的に理解できた。あと、何度も言っちゃうけど、配信とのギャップが浮き彫りになったよね……。
TOMC:ストリーミングの音質だと、どうしても細かいニュアンスだったり、空間の鳴りが消えてしまっていますよね。配信の限界はやはりあるんだなと感じました。レコードは中域とか低域の広がりが段違いでしたし、ミキサーやスピーカーは同じなのに、カートリッジだけでこんなに変わるというのは感激でした。バランスの取れたハイエンドモデルとエントリーモデル、対してハイが強いカートリッジはロック向きだったり、中間層にはそれぞれ個性派揃いのものがあって、ラインナップがユニークだなと感じました。これまでカートリッジの世界をあまり覗いてこなかったので、ミキサーをこだわるように、カートリッジ/針にも当然こだわるべきなんだな、と。「針J」という言葉が高橋さんから出るぐらいでしたから(笑)。
Profile
高橋心一(左)
ナチュラルワイン専門の酒屋、Human Natureの店主。ニュージーランドのVictoria University of Wellingtonでメディア・スタディーズを専攻。写真家、バーマン、映像プロデューサーを経て、イタリアのUniversity of Gastronomic Scienceで修士課程をしながら、ナチュラルワインのインポーターでインターンを経験し、Human Natureをオープン。
TOMC(トムシー)(右)
日本の音楽家、プロデューサー、ビートメイカー、DJ。「アヴァランチーズ meets ブレインフィーダー」と評される先鋭的な音楽性で知られ、2020年以降はアンビエントに接近した作品をリリースしている。レアグルーヴやポップミュージックへの造詣に根ざしたプレイリスターからライターまで、マルチな顔ももつ。
Human Nature
〒103-0026
東京都中央区日本橋兜町9-5
TEL:03-6434-0353
OPEN:15:00~23:00(平日・土) 15:00〜1:00(金) 13:00~18:00(日)
Words: Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Photos: Shintaro Yoshimatsu