この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。
音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、韓国・ソウルへ。
11人組オルタナティヴ・K-POPコレクティブ、Balming Tigerの気鋭ラッパーOmega Sapien。ユニークに刈り込んだグリーンヘアーが鮮やか。
中国、米国、日本での暮らしを経て、 母国である韓国のソウルに舞い戻ってきたのは3年前。「どんなに中国語を勉強しても、僕は中国人ではない。どんなに米国文化に馴染もうとしても、結局僕は韓国出身の外国人。だからソウルに戻ったときは『Fuck yeah(やったぜ)‼︎』って感じだった」。地元に戻った彼の音楽生活から、ソウルのリアルな歩き方を覗こう。
こんにちは!って、眠そうですね…(取材は午後2時)。
実は10分前に起きた。昨日夜更かししちゃって。このビデオ、読者に公開されちゃう?
ビデオは公開しませんよ。
ああよかった。僕、いま、散々な見た目してると思うから(笑)
ははは。オメガ君はこれまでいろんな国で生活してきたんですよね。韓国で生まれ、中国で小学校を、米国で中高校生活を送った。2017年から19年までの2年間は、日本で慶応大学経済学部に通い、現在は休学中。
正解っ。
3ヵ国での生活を経て、現在は韓国のソウルに住んでいる。なぜ、拠点をソウルに戻したんでしょう?
所属するコレクティブ、Balming Tigerの拠点がソウルだったから。僕、大学に通うよりBalming Tigerの方が大好きだし。だから帰ってきた。
いい理由だ。中国、米国、日本での暮らしを経て地元に戻るって、どんな感じだった?
良い気分だった。僕はずっと異国を転々としてきたわけじゃん? でも、どんなに中国語を勉強しても、僕は中国人ではない。どんなに米国文化に馴染もうとしても、結局僕は韓国出身の外国人。だから20歳で母国に戻ったときは「Fuck yeah(やったぜ)‼︎」って感じだった。
いま、改めて見るソウル、一言でいうとどんな街?
めちゃワイルド。ソウルに来たことある?
ないんです。ソウルのいまの若者カルチャーってどんな感じなんでしょう。
み〜んなクラブで遊ぶのが大好き。それが僕らのカルチャー。日本では、みんながみんなクラブに行くわけではないでしょ? それに、なんといってもタクシーが高いから、終電前に帰宅する人が多い。でも韓国はタクシーが安いから、午前4時でもクラブはまだパンパン。
ソウルのなかでも、どのエリアにクラブが多いんですか。
梨泰院(イテウォン)に多いよ。午前6時までクラブで遊んだ日があったんだけど、お腹減ったなぁととぼとぼ歩いていたら、まだ開いてるレストランがあって驚いた。しかも行列までできてて! 結局その日は20分待ってやっと入れたんだよ。
午前6時! 通学・通勤前の朝食の行列じゃなく?
じゃなく、クラブ帰りの腹ごしらえの行列。週末ともなれば、午後3時より午前3時の方が人通りが多かったりするよ。ま、コロナ前の話だけどね。
いまは、ソウルのどこに?
ヒョチャン洞で、ばあちゃんと一緒に暮らしてる。
ソウルには他の都市同様、下町、富裕層エリア、観光地など、さまざまな特徴のある地区があると思います。ヒョチャン洞ってどんなところ?
ソウルの真ん中に位置しているから、いろんなエリアにアクセスしやすい。お年寄りがたくさん住んでいて騒がしくないし、いいところだよ。
住みやすそう。
ちなみに僕の第二の地元は、前に住んでいた梨泰院。ここは韓国のLGBTQ+コミュニティのハブみたいなところなんだ。トランスジェンダー・ヒルという丘には、LGBTQ+バーがいっぱい。
へえ〜!
僕、バーの2階に住んでたんだけど、家賃が激安だった。他にも韓国で唯一のイスラム教の寺院があったり、アフリカ移民が住んでいたり。
韓国のメルティング・ポット。
イスラム教の寺院はかなり厳格で、肌が露出する半袖や短パンでは入れない。だけど5分歩くとトランスジェンダー・ヒルがあるという。(いい意味で)クレイジーなエリアだよ。
ソウルのいまのミュージックシーン、特にオルタナティヴ・K-POPシーンが気になります。
僕が米国にいた5年前は、韓国ではサブカル業界の人とKポップ業界の人との間に距離があって、混じることはなかった。でもいま、その距離は縮まってきている感じがする。実は某Kポップアーティストから連絡を受けて、今度一緒に曲を作る予定なんだ。この変化、「ネオKポップ」って感じで好きなんだよね。韓国でいまの時代に音楽を作れることに感謝だよ。
ソウルは日本人にも人気の観光都市。観光客が知らない、ガイドブックには載っていないようなおすすめスポットを教えてください。
国立中央博物館。
ガイドブックに載ってる(笑)
うん(笑)。でも、僕の好きなスポット。建築がアメージングでさ。 特別展示だと入場料は8ドル(約920円)かかるけど、それ以外は無料で入れる。
アートが好きなんですね。そういえば『Armadillo(2019)』のMVが2020年韓国ヒップホップアワードでミュージックビデオ・オブ・ザ・イヤーを受賞し、『Kolo Kolo(2020)』のMVがベルリン・ミュージックビデオアワードにノミネートされてました。他にも『Ah! Ego』や『Garlic』のアートワークは日本人漫画家の駕籠真太郎さんが手掛けている。ビジュアルにこだわりがある印象だけど、アート展やギャラリーにもよく行く?
展示内容によってはギャラリーにも行くけど、僕は歴史が好きなのもあって美術館派。
よく遊びに行くクラブやライブベニューはある?
老舗有名クラブがコロナ禍で次々と閉店するなかでオープンした「Ring」だね。テクノクラブ。最近も行ったけど、客層が良くてイケてるクラブなんだ。僕は音楽を楽しみたくてクラブに行くんだけど、なかにはそれが目的じゃない人もいるでしょう。目の前でナンパしてる人を見ると「僕のバイブス殺さないで」って思っちゃう。でもこのクラブではそういうのがないから、いいんだ。
パフォーマンスする側視点での、お気に入りのクラブやライブベニューは?
老舗クラブSoapではたくさんライブしたけど、コロナで閉店しちゃった。あとはCakeshop。ここも老舗で、10年前はPharrell Williamsもライブしてた。
Ringでは、自身のライブをしたことも?
ない。コロナ期にできたクラブだからね。もう2年近くライブしてないよ。そういえば最後にライブしたのはコロナ直前、Cakeshopだったな。
小箱でのライブも好き。天井が低くステージも狭く、お客さんはベロベロで、僕はお酒飲まないけどDJが酔っ払って、そのバイブスでなぜか僕まで酔っ払って、そのせいで歌詞を間違えちゃったり。そんな空間が好きなんだ。
この表情から、楽しさが伝わってきます。
これはソウルのHyundai Card Music Library + Understageでのライブ。スピンしまくってる時に撮られた写真だね。
表情が遠心力を物語っている。
(クローゼットをごそごそし出し、この写真がプリントされたフーディーを手に戻ってきた)
わぁ(笑)。自作ですか?
違う違う。僕の誕生日にファンの子がくれた。
グッズとして販売したら人気出そうですね。
ふふ、多分ね。あぁ、心の底から大勢の観客の前でライブしたい。
ミュージシャンにとっては長く辛い2年でしたもんね…。
でも3月はね、サウス・バイ・サウスウエストに出演するんだ。
それは楽しみ! さて、プライベートなことも聞いちゃいます。地元の友達やBalming Tigerメンバーとは何して遊ぶんです?
うーん、なんだろ。お酒飲まないから飲み屋にはまず行かないね。それにいまはどこも21時には閉まっちゃうし。Balming Tigerは全員で11人いるんだけど、そもそも僕、大人数で遊ぶのが苦手で。遊ぶ時は2、3人。カフェで落ち合って、コーヒーを飲みながら喋るのが好き。
お気に入りのカフェ、知りたい。
Momo。いたって普通のカフェなんだけど、雰囲気がいいからいつも行ってる。いまどきの小洒落たカフェが好きなら、Mother offlineがおすすめ。Motherという、ミュージックビデオなんかを撮影するビデオ制作会社の1階にオープンしたカフェなんだ。インテリアもいい感じで、僕的にいまソウルで一番イケてるカフェ。
インスタを見ると、いつも友達や仲間といるイメージです。独りの時間は好き?
好きじゃない(笑)。だからめったに1人で外出しない。1人は嫌だけど、大人数も嫌って可笑しいよね。僕の交友関係は狭く深く!って感じ。
少人数であれば、メンバーとレコ屋に行ったりもするんだね。
ここはDope Records。韓国の新聞に掲載される記事の撮影で行ったんだ。若い世代向けのカルチャーメディアではなく、新聞の撮影ってのがいいでしょ? 掲載が決まってすぐにじいちゃんに電話したよ。
ここはどこ? 何をしているの(笑)?
ソウルにある冠岳山(クァナクサン)。瞑想を試みているところだね。
癒されたいときに行くリラクゼーションスポット的な?
うん。本当は全裸になって自然のエネルギーを吸収したかったんだけど、登山客が多い人気の山だからさすがにパンツは脱げなかった。そしてめちゃくちゃ寒かった。
じゃあ最後に。行きつけのご飯処を教えてください。
おでん屋ujr_namzak! おまかせのおでんが楽しめるんだけど、もう最高。内観も洒落てるし、おまかせといっても値段が良心的だし。おでんは韓国でも超人気なんだ。
良心的なお値段ってのがいい。ニューヨークのコリアタウンにお気に入りの韓国のり巻きキンパ屋があるんです、おばちゃんが丁寧に巻いてくれる美味しいお店なんですけど1本9ドル(約1,000円)..。
韓国国内以外での韓国料理って、高額だもんね。韓国ではキンパは3ドル(約350円)を超えることはないよ。
羨ましい。ライブ後に打ち上げで寄るレストランってあります?
どのベニューでライブするかによるけど、よく行くのがサムギョプサル屋「서가네 왕솥뚜껑 삼겹살」。Balming Tigerのディレクターの家の近所にあるんだ。
ライブ後のサムギョプサルは一段と美味しいでしょうね。
メニューはたくさんあるんだけど、僕らはいつも、激安輸入豚バラを注文するんだ。Balming Tigerは大所帯だからね。
ほぅ。
メニューの文字はどれも大きいんだけど、激安輸入豚バラにいたっては表記がめちゃくちゃ小さい。多分オーナーは注文して欲しくないんだよ、激安だから。でも僕らはすみずみまで読むから見逃さないよ 。
凄い執念です。
このサムギョプサル屋を知ってまだ間もない頃、メンバーの一人が先走って普通の豚バラを頼んでしまったことがあった。値段は想像以上に高くて、みんなで一斉に「何注文してくれてんだよっ!」って責めた。あぁ、思い出深いなぁ。
Omega Sapien/オメガサピエン
1998年韓国・ソウル生まれのラッパー。2018年にオルタナティヴ・K-POPコレクティブBalming Tigerのメンバーに加入。同年にソロデビューも果たす。中国、米国、日本での暮らしを経て、現在はソウルを拠点に活動中。 エネルギッシュなデビュー曲『Rich & Clear(2018)』やヒップスターを風刺した『Armadillo(2019)』、シンガーソングライターのwnjnをフィーチャリングした『Kolo Kolo(2020)』など、ユーモアが溢れ出る曲とそれに劣らないミュージックビデオは国内外から注目を集める。
All Image & Videos via Omega Sapien
Words: Yu Takamichi(HEAPS)