この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。
音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、中国は四川省の成都へ。
英語と中国語を自在に操る気鋭のラッパー、Bohan Phoenix。2017年にはMaison Kitsuné主催のライブ「Kitsuné Afterwork」の参加で初来日を果たしている。
ニューヨークを拠点に米国と中国の両国で活動中のBohanがこれまで住んできたところは、緑豊かな中国・湖北省の宜昌(ぎしょう)市に、米国の大都市、ボストン、ニューヨーク、ロサンゼルス。国を超えて、州を超えてさまざまな土地で生活してきた彼が地元に選んだのは、生まれたわけでも育ったわけでもない、中国・四川省にある成都。なぜならここにこそ「家族」と「音楽」という二つのキーワードがあるから。地元の街と彼の音楽生活から、成都のリアルな歩き方を覗こう。
おはようございま〜す。月曜の朝9時からありがとうございます。いま、どこにいるんです?
いまはニューヨークのブルックリン。Sunset Parkというエリアに住んでるよ。
ブルックリンのチャイナタウンがあるエリアだ。マンハッタンのチャイナタウンが観光地化されているのに対し、Sunset Parkのはローカル臭がぷんぷん。
Sunset Parkにあるチャイナタウンのメインストリートは8番街で、僕が住んでいるのは5番街。8番街に住むと(おいしいご飯のせいで)太っちゃうからね。
はは、ごもっとも。さて、まずはBohanのこれまでの居住地をおさらいしましょう。生まれは中国の湖北省。2003年、11歳のときにお母さんが住むボストンに移住。そして2010年、18歳のときにニューヨーク大学に通うためニューヨークへ。
そう。ロサンゼルスにも住んでたよ。ちなみに僕が中国を離れた後、母さん以外の家族が湖北省から成都に引っ越したんだ。
中国の湖北省、米国のボストン、ニューヨーク、ロサンゼルス。いろんなところで生活してきたんだなぁ。
じいちゃんとなるべく多くの時間を過ごすため2、3ヶ月成都に滞在して、1ヶ月ニューヨークに戻って、を繰りかえしたりもするよ。
へぇ。じゃあ米国と中国を行ったり来たりだ。
パンデミック前はツアーも含め、1年間のフライト数が46回だった。
毎月3、4回は飛行機に乗っていた計算! 日付変更線を越えまくりのBohanにとって、地元ってどこになるんだろう。
うーん、わかんない。母さんはボストンにいるし、母さん以外の家族は全員成都にいる。そして友だちはほぼみんなニューヨーク。一つに決めなきゃダメ?
はい。この企画の趣旨は、音好きたちの地元を探ることなので(笑)一つ選ぶなら?
じゃあ、成都。僕にとっての地元の定義は「家族」だから。
生まれたわけでも育ったわけでもない土地を、地元と呼ぶ。おもしろいですね。そもそも成都ってどんな街?
辛い食べ物好き?
好きです。
じゃあきっと成都が気に入るよ!
成都がある四川省といえば、中国四大料理の一つでもある、香辛料をふんだん使う激辛の四川料理が有名ですもんね。
昔、アジアに行ったことのなかったニューヨークの友だち6人を、ツアーで成都に連れていったことがあった。みんな「食べ物が辛くてうまい」って絶賛してたよ。んで、ニューヨークに戻って中華料理を食べても「同じ味がしない」ってがっかりしていた。僕の曲『JALA 加辣』は、それがキッカケで作った曲。「JA」はエクストラ、「LA」はスパイシーの意味。
『JALA 加辣』のミュージックビデオには、辛さの魅力がたっぷり映しだされています。激辛火鍋が食べたくなってきますね…。さて、成都の街の雰囲気はどんな感じなんでしょう。
中国の人々は成都を「中国のロサンゼルス」と呼ぶ。成都は時間がゆっくりと流れる街だからね。
If you’re young, don’t enter Chengdu. If you’re old, don’t leave Chengdu
(若者は成都には来るな。年老いたら成都を去るな)
なんて言われてるんだ。ゆったりしているから若者が行くと野心を失ってしまう、というのが由来なんだって。
チルな街なんですね。
実際に成都を歩くとわかると思うけど、同じ大都市でも上海とはまた雰囲気が違う。急かされることも忙しさを感じることもない。それでいてご飯は美味しい、物価は安い、人は良い。ここ数年で、上海に住んでいた友だちが成都に引っ越してくることがかなり増えたよ。
ニューヨークはよく24時間眠らない街なんていわれるけど、成都はそうじゃな…
(食い気味で)成都はいつも眠ってる!(笑)。だからといって、ただダラダラしてるって意味ではないんだ、みんなやることはちゃんとやってるし。ただニューヨークみたいに急かされたりプレッシャーを感じることなく、自分のペースでやってる感じ。
気温もロサンゼルス同様、一年中暖かい?
いや、冬は普通に寒くなる。
そっか(笑)。そういえば、中国では2018年にヒップホップ禁止令*が出ましたよね。
確かに禁止令は出た。でも実際、国営放送のテレビ局CCTVや政府が認可したチャンネル以外のところ、たとえば中国圏最大のソーシャルメディアWeibo上では見たり聴いたりできるんだ。
*2018年、中国政府が出した禁止令。「ヒップホップ文化は低俗。ラップ歌手はテレビやラジオ出演禁止」という内容。
抜け道があるんだ。成都のラップシーン、気になります。
世界で活躍する成都出身の4人組Higher Brothersのおかげで、成都はラップの街になった。彼らはヒップホップバトルのオンライン番組『The Rap of China(中国有嘻哈)』に出演せずとも有名になった中国で唯一のラップグループだからね。成都はチャイニーズヒップホップのメッカ、なんていわれてるよ。
英語と中国語を織りまぜたBohanのラップは、成都ではどう受けいれられているんでしょう。
オー、メーン。わかんない。けど中国出身でニューヨーク拠点の僕を、他のラッパーとは少し違うと思ってくれてるんじゃないかな。だから僕のファンは、中国の典型的ラップファンとは違うと思う。
どういうこと?
中国の典型的なラップファンは、テレビ番組がきっかけでラップを好きになった人が多い。だから彼らにとってラップは、アイドル崇拝文化に近い。「一緒に写真撮らせてください」的な。
Bohanのファンは、そうではないということですね。
まあ、その(アイドル崇拝)文化も少しずつ変化してきているけどね。
そんな中国でも一目置かれるラッパーの、オフの日常が知りたいです。
じいちゃんの隣に座ってテレビを見たり、読書したり、映画を観たりしている。オフの日は家族との時間を大事にしたいからね。
そういえば自身のバックグラウンドや家族についてラップした『3 days in Chengdu(回到成都)』のミュージックビデオでも、おじいちゃんの隣で猫とたわむれるシーンがありましたね。
そうそう、まさにあんな感じ。なんせ僕、もう若くないからさ。ミュージックビデオと言ったら、他にも成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地(成都大熊猫繁育研究基地)やレーストラック(成都国際賽車場)で撮影したよ。成都はどこをとっても絵になる街だから。
ちょっと待った。若くないって、まだまだ若いじゃないですか。
ははは(笑)。 でも、こうした年寄りみたいな生活が好きなんだ。癒しといえば飼い犬のヌヌとワンワンと近所を散歩することだし、友だちと遊ぶときもご飯を食べに行ったり、座ってくっちゃべったり、曲を作ったりだし。あとは家でレコードを聴くか、スタジオで音楽を作っているか。
ふらっと立ちよるレコード屋とかある?
レコ屋ではないんだけど、カクテルバーのLotusにはよく行く。良い音楽が聴けるからお薦め。仕事がある日はツアーをしてるか、午前4時まで友だちのパーティにいるか。
ラップのインスピレーションを求めに行く場所ってある?
ないね。僕の場合、インスピレーションが湧きでるのは「場所」からではなく、「別れ」や「家族と会えないさみしさ」といった、感情や混沌とした瞬間からなんだ。だから特定の場所に行ったり瞑想したからといって湧きでるもんじゃない。
よく行くクラブやライブベニュー、教えてください。
Chengdu 339 TV Tower(四川広播電視塔)だね。クラブではないんだけど、レコーディングスタジオやべニュー、レストランが入っている超巨大なテレビ塔で、若者が集うナイトライフのホットスポットだよ。そのほかの場所だと、地元のラッパーがライブをするのによく使うヒップホップクラブNOX。中国系オーストラリア人の女性がはじめたクラブNU SPACEなんかもあるね。
ラッパーとしての思い出が色濃く残っているスポットはある?
なんといってもThe Little Bar。中国国内ツアー中に、成都で初めてショーをした思い出のベニューなんだ。24歳のときだったかな。実はそのショーの数ヶ月前に、足の指を折っちゃって。それからパフォーマンス中はステージにあるスピーカーの上に足を乗せてたんだけど、その日は動きまわってやろうといざ立ってみたんだ。そしたらステージから転げ落ちたという(笑)。めちゃくちゃ思い出深い。
あちゃー(笑)。あ、そういえばTikTokで、ライブ中にタトゥーを入れてる動画を見ました。あれ、まじで入れてたんですか?
うん、まじ。あれは成都でのJALAツアー最終日。せっかくだから、ファンになにか違うものを提供したくて。ちなみにあのタトゥーアーティストは、6年一緒に住んでたニューヨークの元ルームメイト。一緒にツアーを回ったんだ。
中国と米国では、タトゥー文化の違いってあるのかな。
中国ではネット文化の影響もあって、僕のまわりの10代のキッズは顔や首にタトゥーを入れることが多いけど、逆に顔や首以外の部位には入れない。「見えないところに入れたって意味がない!」かららしい。
見せてなんぼ! なんですね。ライブ後やパーティー後って、どうも小腹を満たしたくなるじゃないですか。クラブ帰りによく寄るご飯処ってあるんですか?
よく行くのが露店バーベキュー。ここでは「Shaokao(烧烤、中国式バーベキュー)」って呼ぶ。ストリートに屋台があって、串焼きの肉や魚、野菜なんかが食べられるんだ。
日本でいう焼き鳥みたいな感じですか。露店っていうのがまたいいですね。じゃあ、がっつり食べたいときに行くお気に入りの店は?
まちがいなくKoufu! Kouは口、fuは富の意味。文字通り、口に富をもたらしてくれる店なんだ。もう最高にうまい。叔母のアパートの真下にあるから、どんなに短い滞在だったとしても成都に帰ったらまず最初に行くんだ。「地元に帰ってきた」って実感できる場所だね。
ずばり、お薦めメニューは。
回鍋肉とインゲン炒め!
くぅ〜、白米と一緒にかっこみたい。成都のご飯は、ニューヨークのご飯と比べてどう?
安いしうまい。
それ、最高ですね。あ、そうだ。VANSとのコラボ動画、見ましたよ。散髪屋で髪を切ってもらっているシーンがありましたね。
そうそう、成都で散髪といったら絶対ここ。Koufuの真隣にあるんだ。カットは6ドル(約700円)くらい。
なんと財布にやさしいお値段。なんていう散髪屋ですか?
わかんない(笑)。いつも名前なんて気にせず入ってるから。 それに中国には「散髪屋」っていう散髪屋がたくさんあるからね。
Bohan Phoenix/ボーハン・フェニックス
1992年湖北省(こほくしょう)宜昌(ぎしょう)市生まれ、英語と中国語を自在に操るラッパー。現在はニューヨークを拠点に、米国と中国の両国で活動中。13歳のときにEminemの『8 Mile』を見てヒップホップに興味を持ち、ラップをはじめる。英語はEminemや2Pacを聴いて学んだ。高校時代は2年間ゴスペル合唱隊に所属し、歌ではなくラップを披露。2017年、『JALA 加辣』で一躍話題に。同年にはHigher Brothersとコラボした『No Hook』もリリース。昨年末にリリースした『Glory』は、これまでにないバラード調で母への感謝を込めた一曲だ。
Images & Videos: Bohan Phoenix
Words: Yu Takamichi(HEAPS)