京劇のような雅(みやび)な音源をたどると、そこにあるのは“草の葉一枚”。中国で紀元後3世紀から続く「草笛」の演奏だ。葉っぱから発せられるサウンドを極め、葉のサウンドクリエーションを追及する集団がいる。

葉っぱから吹きでる世にも美しい音

草の葉を唇にあてたり、葉を巻いたりすることで笛のようにして演奏する「草笛」は、日本からカンボジア、ハワイ、オーストラリアの先住民など世界各地に存在する、非常に原始的な楽器だ。自然のもので作る玩具を意味する、“自然玩具”とも呼ばれている。

中国の少数民族・プイ族で、国内で著名な草笛演奏家のLuo Wenjun(羅文軍、ルオ・ウェンジュン)によると、その昔、草笛は鳥や虫の声を真似するために奏でられ、その後、音楽として楽しまれるようになったそうだ。

葉っぱ選びが大変重要らしく「平らで滑らかな表面の葉」「円弧になっていて、弾力性があるもの葉」が立派な草笛になるという。葉っぱを吹くことができれば、音階をつけて自由自在に操れるようになる。草笛に関する教習本などもあるなど、草笛はただの玩具では片付けられないほど深い音楽表現のようだ。

羅文軍についてのショートドキュメンタリー

草笛界のセレブリティ、羅文軍がいる中国本土には、草笛を文化として保全し継承する団体がある。2013年に香港で創立されたグループ「亞太樹葉演奏欣賞網絡(Asia-Pacific Leaf-whistling Appreciation Network、以下ALAN)」だ。
ミッションは、草笛を文化遺産として確立し、世代から世代へと受け継がれるように促進すること。草笛愛好家たちが集まり演奏会をしたり、草笛演奏のワークショップをひらいたり、コロナ禍ではビデオ通話を舞台にした草笛コンテストを開催するなど活動を続けている。

葉っぱを極める音楽・草笛について、団体を創立したLarry Lai(ラリー・ライ)に、今日の葉っぱの音楽表現についてを取材した(やりとりをしているチャットでは、団体オリジナルであろう“葉っぱスタンプ”が送られてきた)。

葉っぱスタンプ。
葉っぱスタンプ。

草笛という未知の音楽の世界。草笛の文化は世界中にありますが、ALANが拠点としている中国での文化について教えてください。長い歴史がありそうです。

草笛は、“草のフルート”、“葉っぱのフルート”、“音楽の葉っぱ”などの呼称で親しまれていますが、古くは、蜀朝(3世紀)や​​唐朝(7〜10世紀)の宮廷楽団でよく用いられる楽器でした。当時の王朝の記録にも残っています。それだけではなく、五代十国時代(10世紀)の古墳にも草笛のことが刻まれていたり、草笛が3000年以上前から存在していたと提唱する人もいます。

葉っぱが存在するころから、自然と奏でられていた。

葉っぱは、木からの産物で完全なる“自然”です。光合成し、酸素を発し、空気を浄化するだけでなく、美しい曲をも演奏する。古代の人々は、木のことを大変よく知っていて、木のすべてのパーツを活用することを知っていました。葉っぱを、梱包材料や、屋根の遮熱シート、燃料、ヒーリングのためのハーブとしても使用していた。生計を立てるためにも役立ちました。野生の動物を誘き寄せるために鳥の音を真似て葉っぱを吹いたり、娯楽のために音楽を演奏したりしたんです。

ALANの創立者で代表者、Larry Lai。
ALANの創立者で代表者、Larry Lai。

もともと、葉っぱは万能なツールだったのですね。

草笛は、香港では800年近い歴史があります。中国の南部や南西部では少数民族の娯楽として奏でられていました。福建省や広東省、台湾などにいる客家の人々や、満州人、モンゴル人、漢人などにも伝わっています。2014年に開催された木叶(樹木葉の草笛)コンテストで、国宝級の文軍先生や邱少春(キュウ・シャオチュン)先生などの作品が知られるようになってから、中国本土で「草笛」の名が浸透しました。草笛の演奏は、民族や国境を越えて広がり、世界の人々がその文化を伝承しようとしています。

他の国や地域にある草笛文化と比べて、中国特有のユニークなところはどこですか?

文軍先生や張麒麟(ツァン・チーリン)先生、白現貴(バイ・シングイ)​​先生によると、木叶は、五行思想*にまつわる中国の歴史や文化を象徴している。中国本土の人々のなかには、木叶を使うことで、中国の伝統文化を表現していると考える人もいます。それに葉っぱは、中国の伝統楽器より軽いですし、「天然の貴重な」楽器ですのでいつでもどこでも演奏可能です。

*万物は「木・火・土・金・水」の5種類の元素からなるという、中国に伝わる自然哲学の思想。

草笛を吹く人々の絵
草笛を吹く男性の絵

中国の人たちは、幼いころから草笛に慣れ親しんでいるのでしょうか? Larryさんも昔から吹いていた?

僕は子どもの頃、草笛で動物や鳥の鳴き声を真似していました。(音楽ではなく)単音を鳴らしていただけですね。当時、おもちゃなんてそんなに持っていませんでしたし、今のように豊富な情報もなかった。遊び場は自然でしたからね。川で泳いだり、魚を捕まえたり、鳥を育てたり、そして草笛を吹いたり。草笛は昔の子どもたちの遊びでした。同じ村で育った子どもたちはみな、草笛を吹いたことがあると思います。でも、僕自身、学校に通いだして成長するにつれ、草笛のことは忘れてしまっていました。それから大人になって自然を愛おしく思うようになり、自然の楽器である草笛を演奏してみたくなったんです。

クリスマスに、ポインセチアの葉っぱを吹くLarry

懐かしの草笛。

2013年、大学で講師をしていたときに、自然とデザインというテーマで教材の準備をしていたのですが、その時に草笛の練習を始めました。それでハマってしまいまして。この楽器のユニークなところは、葉っぱのチョイスが豊富であること。それぞれの葉っぱの特徴は、まるで人間のように十人十色。演奏者と葉っぱが互いに混ざり合ったときに、さまざまなメロディにあふれた音楽が生みだされます。

草笛の練習を始めてまもなく、草笛文化を繋いでいくためのグループを立ち上げたのでしょうか?

ここ20年ほど、アジア太平洋地域で草笛に関する書籍が出版されていないことに気づきましてね。ALANのFacebookページを立ち上げて、口承の歴史や個人的な学習に関してドキュメントしました。ビギナーたちにも草笛の知識やスキル、モチベーションを上げてもらうために、自分が辿ってきた草笛の学びを共有しました。草笛に興味のある人なら、誰でもこのグループに参加できるので、世界の草笛ファンがメンバーになっています。香港や台湾、日本、韓国、他のアジア諸国、ドイツ、イタリア、オーストラリアなど20以上の国や地域の人々が参加し、現時点(7月28年)で、1097人のフォロワーがいます。

葉っぱについてですが、どんなものでも良いわけではなく、平らで表現がなめらか、そして弧状になっていて弾性があるものが良いと聞きました。草笛に最適な葉っぱって?

構造がしっかりしている葉っぱです。葉っぱの左右のバランスが均等で、表も裏もなめらかな葉っぱ。毛が多い葉っぱだと唇に当てた時に変な感じがしますからね。形は、卵型か楕円形、オリーブのような形。バランスよく放射線状に広がる葉脈。なめらかで丸みを帯びている縁(ふち)。もしギザギザならハサミで丸く整えましょう。

草笛に最適な葉っぱ

葉っぱ選びにも“利き”がいるのですね。

ここ2年くらいは、草笛に適した葉っぱを自分で育てています。昔は田舎の方まで足を運んで葉っぱを摘んでいたのですが、木の高さや天候によって、葉っぱの質が変わってきます。また、そこまで頻繁に郊外に出かけることもできなかったので、自分で栽培することにしました。摘むのは、あまり成熟してもいない、それでいて若くもない葉っぱです。平らな表面で、新鮮で汚れもなく、柔軟性のあるもの。水ですすぎ、 密閉した箱や袋で保管します。冷蔵庫の野菜庫に入れるのはNGです。

自家栽培までしているとは。

自分で葉っぱを育てることで、葉っぱを長く保存できます。たとえば、植木鉢のイチジクの葉っぱは2ヶ月以上持つ。葉っぱのテクスチャーによって、保存可能期間も変わるのです。すべすべした分厚い葉っぱは、通常、長期間保存可能。植木鉢から摘んだばかりの葉は、何回でも使えます。また、演奏する曲によって葉っぱ選びも違ってきます。たとえば、長い曲や音色が変わる曲など、曲ごとに適する特定の葉っぱの質感があるのです。

演奏するのに完璧な葉っぱを見つけたら、次はなにをしますか?

「草笛習得の5ヶ条」をここでお教えします。5つの大事な要素、それは「心」「耳」「目」「手」そして「口」です。草笛を学ぶには、複数の感覚とたくさんの体の部位を使い、これらの感覚でとらえたものを美しい音楽へと昇華するのです。

5つの要素について、もう少し教えてくれますか。

まず「心」。草笛に興味と忍耐を注ぐことです。草笛を演奏できなくても、草笛ファンと積極的に繋がり、交流を持つようにすること。次に「耳」。耳を使って注意深く聞く。草笛のスキルに関する講義や、クラスメートの質問、草笛の師匠の話、先生のさまざまな教えや、フィードバックなどにしっかり耳を傾けます。「目」を使うことも大事です。しっかり観察してください。草笛の教習本をじっくり読解し、草笛にまつわる文学や読み物に目を通し、先生の草笛への情熱、口の形、演奏時の身振りや手ぶり、体勢を見る。一流の草笛演奏家のライブ演奏をビデオで鑑賞するのもいいと思います。
そして「手」。葉っぱを折りたたんだり、開いたりします。授業では、葉っぱの折りたたみ方を練習し、音の高さを変えるため、葉っぱを持つ位置も変えます。最後に「口」。正しく空気を吹くことで初めて正しい音を鳴らすことができます。

ワークショップでは、草笛の歴史から学習のコツ、呼吸法のレクチャー、草笛愛好家のネットワークングなどを行っている。
ワークショップでは、草笛の歴史から学習のコツ、呼吸法のレクチャー、草笛愛好家のネットワークングなどを行っている。

さまざまな感覚を磨くことが重要ということですね。そのなかでも、どんなスキルが重要でしょうか。

音程のセンスは良ければ良い方がいいです。音程のセンスがないと、音程が合っているかどうかわからないですからね。あとは、唇をリラックスさせて葉っぱを口から離さないように練習する。肺活量も多い方と良いですね。音楽のスピードや強弱、音程やリズムをコントロールするためには、腹式呼吸ができるようになる必要があります。

歌唱のように腹式呼吸。

腹部に優しく手を当て、息を吸う。すると、空気が腹部に入っていくのがわかります。外に出て新鮮な空気を鼻いっぱいに深く吸い込み、口からゆっくり息を吐く。最初はゆっくり均等に10回繰り返し、2回目は速く勢いよく10回繰り返し、3回目は9ビート吸って、9ビートで吐く。こんな呼吸エクササイズをします。いっぱい吸い込まなくていいんです。快適に自然に吸い込むことができたら、それが正しい腹式呼吸法です。就寝前やウォーキング中にもこのエクササイズはお薦めです。

Larryの草笛愛好家を繋ぐYouTubeチャンネル「Musical Leaf Channel」

草笛の基礎から教えている。

それで葉っぱも上手く演奏できるように?

安定した音程を吹くには、均等に息を吐き出し、唇のあいだに息を集中させること。深くゆっくり吸い、穏やかに長く吐き出す。「穏やかに長く」がわからない場合は、4分の1等分したA4の紙を顔の前に置き、息を吹きかけてみる。前方に紙がなびけば、その呼吸法は正しいです。

草笛は、感覚というよりはかなりテクニカルに向上できるものなのですね。Laiさんは、どのように草笛の演奏を楽しんでいるのでしょう。吹くのが好きな曲は?

中国の歌謡などは、演奏に向いています。よく演奏される草笛の人気曲には『Cai Ye(葉の採取)』や『Shu Ye Qing(葉っぱへの愛)』『Mu-ye Sheng Sheng(樹葉のサウンド)』『Yi Ye Zhi Yin(草笛友だち)』などがあります。

草笛の面白さは、なんといっても、草笛を通して自然への理解を深め、環境についての視点を広げ、世界中に新しい友だちを作れることです。

『Cai Ye(葉の採取)』

『Yi Ye Zhi Yin(草笛友だち)』

草笛の“いい演奏”ってどんな演奏でしょうか。

いい演奏とは、舞台の上やテレビなどで演奏されるものではなく、日常のなかでなされる演奏のことだと思います。

ALANのフェイスブックでは、若いメンバーが演奏している姿も見かけました。中国の若い世代は草笛について、どのように感じていますか。

若い世代は、創造的ですしエネルギーもある世代。文化的な遺産を学ぶことに意欲的です。教える側の私たちは、このような歴史を伝えることは難しいと感じていますが、若者たちの草笛に対する興味や意欲を保つために重要なことであるとも思っています。

みんなの日常に草笛が自然と流れている未来があるといいです。

最近では、テレビドラマやエンタメ番組、路上パフォーマンス、学校教育など、さまざまなシーンで草笛が浸透していますよ。草笛が持つサウンドエフェクトは、クリアでメロディアスなトーンでありながら、ピュアで美しい。伝統的、民族的な要素と音楽芸術としての魅力を兼ね備えていますからね。

草笛を吹く老若男女

亞太樹葉演奏欣賞網絡

Asia-Pacific Leaf-whistling Appreciation Network

2013年、中国本土・香港で結成された草笛愛好団体。草笛をこよなく愛するLarry Laiが創立、草笛の文化や技術を受け継ぐために、ワークショップやレッスン、演奏会などを通して、高齢者から若者まで、国を越えた草笛コミュニティを構築している。

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Photos: Asia-Pacific Leaf-whistling Appreciation Network
Words: HEAPS

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