(※企画・取材・執筆・編集を2020年の夏に行った記事となります)
近所のシャッターを閉めた。角のレストランが「無期限休業します」という張り紙を出した。コロナパンデミックは音も立てずに、街中に、人々の生活に蔓延し、さまざまなビジネスが休業に入った今年の春から早くも半年以上が立つ。徐々に制限つきで街の店は開きはじめ、マスクをしながら、距離をとりながらの買い物体験に慣れてきた今日この頃。
あの閉店の時期、最も店での体験が懐かしく感じられたものの一つに「レコード屋」があったと思う。埃っぽいレコード屋特有の匂い、漁ったあとにちょっとザラザラになる手の感触、お馴染み店主やよく会う人との音楽談義。店を持つレコード屋の醍醐味が味わえなかったのは、いつもの馴染み客やコミュニティに会えない店側も同じ。この時期、レコード屋たちは何を考え、それぞれどう“レコード屋”をやっていたのか。ニューヨークにある異なるタイプのレコード屋3軒を訪ね、日々を聞いてみた。
「いい音楽なら、ガラス越しにグッドサイン」いつまでも名前が決まらない、それでも人が自然と集まる record shop
ブルックリンのウォーターフロント、レッドフック地区にこの小さなレコード店がオープンしたのは確か2015年。それから約半年が過ぎた16年の3月に、筆者は初めて足を運んだ。その時、店主は「名前は、看板を作るときに考えようと思ってさ」と言っていた。仮の名前は「record shop」でレコード屋。名前のなかったレコード屋には、一体どんな名前がついたのだろうか?
それから4年以上経ったいま、パンデミックによるロックダウンが開けてから店に足を運んでみた。デジャヴのように、看板はまだなく、ドアには「record shop」と描かれたまま。ちなみにウェブサイトもまだないままだった。初めて訪れたときと同じように、昼下がりのヴァン・ブラント通りには陽気なロックステディが響いていた。
変わらずに存在し続けること。この街では、おそらくそれが一番難しい。特に、2020年はそれを誰もが痛感した年だと思う。未曽有のパンデミックは、まさかと思うような有名企業をも閉店や破産に追い込んでいる。そんな厳しい状況が広がる中で、あの「名前のないレコード屋」のオーナーBene Coopersmithは、相も変らず、コミュニティに愛と音楽を届けていた。
Bene! 元気そうでよかった! いつごろからビジネスを再開したのでしょうか?
5月中旬ごろだったかな。3月下旬に外出自粛令が出てから6週間くらい店を閉めていたよ。なんでリカーショップ(酒屋)が営業できて、なんでレコード屋がダメなんだ、と思いながらね。
その6週間は、何をしていましたか?
しばらく友人が住んでいるアップステート(ニューヨーク北部)のキャッツキルに篭って、いろいろと内省してたよ。あの時よく聴いていたのは、やっぱりレゲエとジャズかな。あ、実はそこで子どもができてね。12月に生まれる予定だよ。
おめでとうございます。
それもあって、店を再開させてからは俄然やる気が出てるんだ。もっともっとコミュニティのためにいろいろやろうって思っていて。まず、店の奥のスペースはバーバーショップとして、地下はサックスの修理場として友人たちに使ってもらっている。あと毎週水曜日は、無農薬の野菜も売ってるよ。アップステートで農業をやっている友人が野菜を持ってくるの。
以前は店でライブもよくやってたんだけれどね、いまはまだ屋内でそういうのできないから、店の前で路上ライブをやってるよ。あとは、近所の子どもたちのためにも何か催し物をしようと考えているところ。
変わらず、というか、これまで以上にコミュニティスペースとして機能しているんですね。
僕ができることというのは、いい音楽をかけて、人を集めて、ちょっと変なことして、ノイズを生むこと。いつもそんな感じだよ。
そういえば、音に理解のある家主さんとは、いまも変わらず良い関係を築いているのでしょうか?
最高だよ。近隣の住民たちも、いままで以上に音に寛大でいてくれているし、一緒に楽しもうとしてくれているのが嬉しい。
パンデミックの影響で、マンハッタンの繁華街などでは閉店に追い込まれた店もけっこう少なくないようですが、ここブルックリンのレッドフック地区はどうですか? 変わったこと、変わらなかったこと、いろいろあるかと思うのですが。
そこの角にあるレストランやデリは残念ながら閉店してしまったけれど、そっちのベーグル屋はビジネスを再開しているね。ここら辺に住んでる人はだいたいあそこでベーグルを買ってるよ。
嬉しい変化といえば、外で飲めるようになったことかな。完全に合法ってわけじゃないけれど、警察もこれに関しては甘くなったよね。レッドフックに長く住んでる人たちはだいたいみんな酒が好きだから(笑)。外で音楽を聴きながら飲めるなんて最高だよ。
路上ライブがより楽しい。
あとはね、ほら、レッドフックって、サンディー(2012年に発生した大型ハリケーン。ウォーターフロントのこの地区は水没や停電などの大きな被害を受けた)もあったでしょ。あの時も、みんなで街を掃除したり、壊れたところを直したり、コミュニティが一丸となって乗り越えた過去がある。だから、今回のパンデミックの被害も「またか」って思うところもあって、意外と冷静だったりする。誰かが困ってたら、各々ができることをして助ける。困っている人をほっとかないんだ。このエリアには、そういう支え合いの地盤があるってことを改めて感じたかな。それに、ニューヨークに住んでいる人たちって、みんな前から何かと大変でしょ。
確かに。それぞれが、それぞれのレベルでもがいている。苦悩のない人なんていない。それがニューヨークな気もします。
僕らって、ある意味で苦悩慣れしてるよね。
そういえば、ウェブサイトは相変わらずないままですが、Instagramを始めたんですね。コロナ禍の昨今は、オンラインで売上げを維持しているレコード屋が多いかと思うのですが、この店では、店頭以外でもレコードは売っているんですか?
確かにオンラインに流れていく人は多いよね。そもそも店は維持費もかかるし、オンラインで売上げが伸ばせるのであればそれでいいって声も。パンデミック以降増えていると思う。だけど、なんていうか、寂しいよね。僕も直接メッセージをくれた人にはレコードを郵送しているし、Discogs(ディスコグス、音楽に関するデータベースサイト)でも販売しているよ。けれど、本当にやりたいのは「レコード・ショップ」だから。やはりレコードは、こうやって店で売りたい。
Beneの店は、そうあり続けてほしい。
もちろん、こんなご時世だから工夫もしているよ。今は安全のためにどうしても店内に入りたくないってお客さんもいるから、そういう人には、探している曲の名前やテイストを聞いて、僕が曲を選んで店内のDJブースでかけるの。すると、外で待ってるお客さんは、気に入った曲には親指を上に立ててグッドサインを、いまいちな曲にはその手を上下ひっくり返してバッドサインを、ガラス越しに送ってくれる。そうやってコミュニケーションをとっての売り方だってできるからね。
それ、楽しそう! そのお客さんだけでなくて、通りにいるみんなで音楽を“視聴”できるのも素敵です。ちょっとロマンチック。
うん。やっぱり音楽もスペースも、みんなでシェアするのがたのしいよね。
ちなみに、店の名前は「record shop」のままですが、いまも考え中…ということなんですかね?
そうなんだよ。なかなかいいのが思いつかなくてね。
record shop
ブルックリン、レッドフックにあるレコードショップ。看板という看板もなく、正式な店名も決まっていないが、コミュニティの人々に愛されている。オーナーのBene Coopersmithは、大工業やミュージシャン業、俳優業もしており、ニューヨークを舞台にしたインディペンデント映画などにも出演している。
360 Van Brunt St, Brooklyn, NY 11231
Words : Chiyo Yamauchi
Photos: Kohei Kawashima