約半世紀に渡り“良質な音への追求”を続け、様々なオーディオ製品を開発してきたオーディオテクニカ(以下AT)。
ここでは、世界の音楽制作の現場でATの製品がどのように使われているのか、また世界トップクラスのサウンドエンジニアたちがどのような視点で音を創っているのかを紹介していきます。
すでに耳にしたことのある音楽も、その音作りの背景を知ることでいま一度、聴くことへの楽しみにつながるのではないでしょうか。
エンジニア&ミキサー:ジミー・ダグラス
プロデューサー:ジャスティン・ティンバーレイク、ティンバランド、ネイト・“ダンジャ”・ヒルズ
ボーカル:ジャスティン・ティンバーレイク、ティンバランド
シンセ&サンプル:ティンバランド、ネイト・“ダンジャ”・ヒルズ
ギター:ビル・ペタウェイ
ベース:ダリル・ピアソン
ジャスティン・ティンバーレイクを飛躍させた名曲“SexyBack”
今回登場する曲は、ジャスティン・ティンバーレイクの2ndアルバム『Futuresex/Lovesounds』に収録されたリードシングル“SexyBack”について。この曲に関わったエンジニア兼ミキサーによる、制作背景のエピソードを紹介していこう。
“SexyBack”がラジオでヒットした2006年の夏、この時、おそらく多くの人たちがジャスティン・ティンバーレイク(以下ジャスティン)の曲だと気づいていなかっただろう。
彼のデビューアルバム『Justified』(2002年)は、ボーイ・バンド「イン・シンク」時代からソロへの出発として成熟した作品ではあったが、この“SexyBack”はさらに別の方面への飛躍を意味するものだった。ジャスティンのボーカルは意図的に歪められ、メロディーもミニマルな表現。当時のティーンが食いつく流行りのサウンドではなかったものの、紛れもなく魅力的で中毒性の高い曲であった。
2006年の秋にアルバム『FutureSex/LoveSounds』がリリースされた時、この“SexyBack”にはさらに多くの文脈が与えられ、ジャスティンと彼の共同プロデューサーであるティンバランド、ネイト”ダンジャ”ヒルズ(以下ダンジャ)、この3人のセンスが綺麗に絡みあい、織りなされた。
3人で共同制作したアルバムは、レトロなシンセとポリリズミックなパーカッション(催眠術的なループにアレンジされている)がグルーヴを生み出し、多くの曲は短縮されたポップ・ソングというよりは、拡張された組曲のようなものであった。そして、エキセントリックで特異なサウンドかつ非常にダンサブルな作品となった。
“SexyBack”は本作からの不朽のヒット曲であり、15年近く経った今、彼を代表する1曲となった。ジャスティンは“この曲はデヴィッド・ボウイ、デヴィッド・バーン、そしてプリンスやジェームス・ブラウンからの影響を受けている”と話している。曲の制作は2005年末、アルバムのセッションの早い段階で1日もかからずに完成した。そこで生まれたこの曲は、グラミー賞ベスト・ダンス・レコーディング賞をはじめ多くの賞を受賞し、世界中のチャートでトップを獲得した。
ティンバランドの盟友、エンジニア兼ミキサーのジミー・ダグラスが語る
グラミー賞受賞者であるエンジニア兼ミキサー、ジミー・ダグラス(以下ダグラス)は、ファレル・ウィリアムス、 ジョン・レジェンド、ビョーク、ジェイ・Z、 アリーヤ、ミッシー・エリオット、ローリング・ストーンズ、 レニー・クラヴィッツ等多数のアーティストのレコーディングに参加。彼は“Sexy Back”において、Neve VRシリーズのレコーディングコンソール上のPro Toolsでミックスも担当している。
プロデューサーのティンバランドとダグラスは、1990年代より長い付き合いがある。
「僕とティンバランドでジャスティンの最初のアルバム『Justified』を制作し、その後、2枚目のレコードを作る為に彼はまた戻ってきたんだ」
と、ティンバランドとの歴史を話す。またダグラスは、バージニア州にあるティンバランドのプライベートスタジオの設計と構築も監督した(ティンバランドのスタジオは全世界の録音スタジオの設計、建築で知られるWalters-Storyk Design Groupが手がけた)。
Walters-Storyk Design Group HP
ジャスティンがこだわる想いと大胆な決断
「この“Sexy Back”は、ジャスティンのアティテュードとバイヴスが全てだった」
と、ダグラスは語る。
「ジャスティンはこの曲を書きはじめた時、“とにかく何か特別なことをやりたいんだ!僕はただセクシーさを取り戻したい、それが僕のやりたいことなんだ”と言い続けていた。彼が伝えたかったことは、曲だけでなく、人生にセクシーさを取り戻したいってことだったんだ」
更に彼は、ジャスティンの大胆な決断について思い起こす。
「セッション中、僕たちはこの曲を“Be Gone With It”というタイトルで呼んでいたんだ。なぜなら、この“Be Gone With It”という言葉はフックかサビで使うのに一番適していたからね。でも僕がジャスティンに、フックのインパクトが足りないかもしれないと伝えると、彼は歌詞の冒頭にあった“SexyBack”という言葉を引用しタイトルにしたんだ。フックを変えずに、タイトルを変えたんだ!その“フック”が曲の冒頭にくることにより、リスナーはサビがないことに気づかない。なぜなら“SexyBack”というフレーズがリスナーを最初から最後まで惹きつけているからさ」
ダグラスは曲の制作に、最後まで関わる時間を持てたことをこう例える。
「もし僕が自分の作品を他の人に渡して作業をしてもらうとしたら(もしくは最後にレーベルに渡す時)、きれいに整理したりラベルを付ける作業に時間がかかる。でも、僕がレコーディングに最後まで取り組める余裕があるときなら、その作業に時間は使わない。だって何がどこにあるのか、そしてミックスで何を仕上げているかの全体のバイヴスも全て分かるから。僕自身で仕上げられるのであれば、そういった作業は必要なくなる。だから今回この曲を最後までやり遂げられたのは幸せなことだって思う」
ジャスティンのリードボーカルに一番マッチしたマイク:AT4060
AT4060
“Sexy Back”の独特なボーカルサウンドは、手早く適当に作られた音に聴こえるかもしれないが、実際には細部にまでこだわって作られた。
「まず、ジャスティンがATのAT4060カーディオイド・コンデンサー・チューブマイク(40シリーズの頂点に立つスタジオ用マイク) に向かって歌い、そこにPreSonus ADL600マイクプリとUniversalAudio 1176リミッターを通した。選べるマイクはたくさんあったけど、ATのマイクがジャスティンのリードボーカルに使っていたエフェクトには一番良かったんだ」
そしてダグラスはジャスティンが求めたサウンドとレコーディング手法について語る。
「ジャスティンは“クレイジーな何か”を求めていて、エフェクトを使うことを望んでいた。だから僕は音に歪みや遅延を発生させるiZotope Trashプラグインを使ったり、違うアンプを使用したんだ。その他にもMXRフランジャー (エフェクターの1種)や、Urei 1176コンプレッサーも使ったよ。実際に彼のヘッドホンでそのエフェクトを使ってレコーディングしたのさ。
ジャスティンは、リアルタイムで聴いているサウンドを基にマイクからの距離を調整し、近づいたり遠ざかったりして独自に音をブレンドしていた。よく聴くと、歌詞の“Dirty babe …”のように、歌いだす直前の間でコンプレッサーとフランジャーが作動しているのが聴こえるんだ。僕たちはそのような音を残すようにした。なぜなら、そういったものがサウンドに別の次元を作り出してくれるから」
またダグラスは自身が培ってきた知見を“Sexy Back”に活かしたと話す。
「僕は昔、ディスコミュージックを沢山レコーディングしてたから、キックドラムの配置やそれらをミックス内で活用でする方法は当時のものを参考にしたんだ。全ての音がどこに配置されるのがベストなのか分かっていたから、あちこちに音を配置しつつも、その中心にしっかりキックを置くっていうミックスにしたんだ。昔の時代の経験を生かした仕事、それが僕としてこの曲に貢献できたことのひとつだと思うよ。」
デジタル移行によるエンジニア独自の課題
過去数十年にわたるデジタルへの移行により、エンジニアは特有の課題を抱えている、とダグラスは指摘する。
「アナログ時代のエンジニアの仕事は、(ミキサー等音響機材の)ダイヤル設定したり、ツールを操作して特定の音を前に出すことだった。だが、デジタルは逆だ。すべての音が既に前に出ていて、それらを一度スムーズにしてから、適切な方法で再び音を前に出す必要があるんだ。それらの操作を曖昧にしないで行うことは本当に難しいことだよ。僕らはこの課題を“Sexy Back”でやったように、奇抜なエフェクトでトライしてみた。一般的にデジタルはすべて同じ次元に収まっているけど、エフェクトは違う音の広がりをみせてくれるからさ」
最後に、ダグラスはこの曲について感じたことを語っている。
「このセッションが特別だったことは、“SexyBack”が今まで世に出まわっていた曲すべてのものと全く違っていたということさ。とても芸術性の高い作品であるし、“SexyBack”はどんなところでも素晴らしいサウンドになる。もちろん、大きなPAのあるクラブだと、さらに良い音になるだろうね。音を上げて楽しんで!」
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