アイスランドに、夏の3日間だけ幻のように現れるフェスがある。土地に溢れる自然の恵みを最大限に活かしたフェスだと評判だが、大自然だからこそのフェスとはどのような体験なのだろうか。そしてその音の響きも気になるところ。

火と氷の国アイスランド、100%自然フェス

白夜という自然現象がある。一日中太陽が沈まない、あるいは真夜中になっても薄明になっている現象のこと。アラスカ、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア北部、アイスランド、グリーンランドなど、北極圏に近い場所で起こる。
神秘的なこの現象が起こる6月の3日間、アイスランドの首都レイキャヴィークで開催されるのが音楽フェス「Secret Solstice」だ。「世界で最もユニークでサステナブルなフェスの一つ」と呼ばれている。

ユニークな所以その一。先述の「白夜」だ。太陽が沈まないため、昼間の明るい時間帯が72時間近くにも及ぶ。
そのため太陽光を最大限に利用することが可能で、照明は最小限でオッケーなのだ。そうはいっても、電気は必要になる。

ユニークな所以その二。その必要な電気には再生可能エネルギーを利用する。
アイスランドは「火と氷の国」と呼ばれるほど、国全体に多くの氷河と火山を擁している。フェスでは、地熱発電と水力発電を利用し、ステージのギターアンプやターンテーブル、サウンドシステムの電力も自力でまかなっている。

ユニークな所以その三。自然の一部をステージにする。
氷河やLangjökullや溶岩の洞窟内でもコンサートを開催。極めつけは、会場で消費される水。アイスランドの天然氷河水と地下水なのだ。

アイスランドの天然氷河水と地下水
Photo by Alec Luna Donnell
白夜。太陽が沈まないため、昼間の明るい時間帯が72時間近くにも及ぶ
Photo by Alec Luna Donnell
地熱発電と水力発電を利用し、ステージのギターアンプやターンテーブル、サウンドシステムの電力も自力でまかなっている
Photo by Alec Luna Donnell

出演陣も豪華だ。2014年のスタートから、これまでに、Foo FightersやDeftones、Guns N’ Roses、The Prodigy、Massive Attacke、Steve Aoki、Black Eyed Peas、Big Seanなど、ロックからエレクトロニック、ポップ、ヒップホップまで、ビッグネームがそのステージに立ってきた。

自然を舞台に自然を余すところなく活用するフェスづくりについて、現在アイスランドのレイキャヴィークにいる、フェスのオーガナイザーの一人Jón Bjarni Steinsson とKelechi Amadiに話してもらった。

自然をステージやリソースにする
Photo by Asgeir Helgi

地熱と水の力をサウンドに

「レイキャヴィークから30キロメートルのところで、いま現在、火山が噴火しています」。インタビュー中、なんともアイスランドらしい発言が飛び出した。さすが、火の国だ。

“自然をステージやリソースにする”という大胆なコンセプトは、国内で数多くのクラブやパーティーを手がけてきたFred Olafssonによって生まれた。その発想を現実にすることができたのは、アイスランドに「再生可能エネルギーのインフラ」がすでに整っているからだ。

「アイスランドで消費されているほとんどのエネルギーが、水力発電か地熱発電*を利用したクリーンエネルギー**です。アイスランドでフェスをおこなうとなったら、これらを使わない手はありません」。

*マグマの熱を利用することで石油などの燃料が不要な地熱発電。火山の国アイスランドでは、1973年の石油危機を機に地熱開発が進み、現在の電力の約3割が地熱発電を源としている。残りの約7割は水力発電でまかなっている。
*二酸化炭素や窒素酸化物などの有害物質を排出しない、あるいは、排出量の少ないエネルギー源。

レイキャヴィークから30キロメートルのところで、いま現在、火山が噴火しています
Photo by Secret Solstice
Secret Solsticeの会場
Photo by Tobias Stoffels

フェスの会場は、レイキャヴィーク市内にある国立競技場の近隣の土地であるため、国立競技場の電力源を借りているという。「競技場の電力室にプラグインするだけです。会場まで30メートルほどしか離れていないため、あとは延長コードで繋ぐだけです」。意外と原始的だ。

野外音楽フェスに行ったことがある者は一度は見たことがあるであろう、大きな「発電機」もSecret Solsticeの会場には見当たらない(再生可能エネルギーの供給でトラブルがあった際に対応できるため、バックアップとして用意はしているが、過去に一度も使用したことはないという)。
ステージやDJブースのサウンドシステム、PAなどはすべて「地熱か、水力。それか、両方」。地熱、水力が生み出した音はいかがなものだろうか? その問いには「サウンドのクオリティは普通の電気とまったく変わりませんよ」とのこと。

Secret Solsticeの様子
Photo by Birta Ran
Secret Solsticeの様子
Photo by Damien Gilbert
Secret Solsticeの様子
Photo via Secret Solstice and Hljodx

沈まぬ太陽の光を照明に

自然エネルギー、再生可能エネルギーを使用するフェスには他にも、ノルウェーのØyafestivalenやベルギーのPukkelpop Rock Festivalなど有名だが、Secret Solsticeが特異な存在である理由はなんといっても「フェス期間中の72時間出ずっぱりの太陽」。沈まないからといって昼間のような太陽が燦々と照っているわけでないが、常に自然光がある状態だという。

「夜11時にステージの前にいたとしても、何時だかわからない。正午くらいかと錯覚してしまうと思います」。

フェスは夜の11時半に閉演する。「トリのBlack Eyed Peasが演ったときも、夕方の7時くらいの明るさでした。そのあとクラブに行くか、くらいの体内時計ですね(笑)」。ステージの照明は要らないくらいだが、そこはアーティストたち、ストロボライトなど光の演出にはこだわる。

「アーティストには『照明はそんなに要りません』と事前に話しているのですが、The Prodigyなど、それでも持ちこむアーティストたちはいました。曇りだと照明は見えるのですが、晴れていると見えづらい」

Secret Solsticeの様子
Photo by Asgeir Helgi

夜のステージも太陽光に晒されるとはなんとも幻想的だ。「アイスランドの地元民は白夜には慣れているのですが、他国から来たアーティストや観客たちにとっては独特の体験になりますよね。アーティストたちもステージ上で、この体験についてコメントすることもしばしばです」

氷河や溶岩をステージに

Secret Solsticeでは、自然の「中」でも音楽を享受できる。世界で唯一を謳う「氷河レイヴ」だ。国内で二番目に大きな氷河で、文字通り「長い氷河」という意味の Langjökull 氷河の洞窟で、レイブパーティー「Into the Glacier」を開催する。この氷河は、約2,500年前に形成され、融解と再凍結を繰り返してきた。近年では融解が進み、消滅危機も懸念されている。そんな自然の刹那的なモーメントのなかで、100人ほどが集まり踊る。

Langjökull 氷河の洞窟で、レイブパーティー「Into the Glacier」を開催
Photo by Asgeir Helgi
Langjökull 氷河の洞窟で、レイブパーティー「Into the Glacier」を開催
Photo by Asgeir Helgi

また、5,200年前の溶岩の洞窟Raufarhólshellirも、50人規模のライブイベント「The Lava Tunnel」の会場となる。洞窟には、反響がきくアコースティックな環境が自然とあるが、実際にここで音楽を演奏するとどうなのだろう。

「良いサウンドスケープがあります。アコースティックやアカペラなどが映えます。なので、力強くて良い歌声をしている歌手や、穏やかな曲調をもつアーティスト、美しい声をもつシンガーソングライターなどを選んでいるのです」

ここで少し気になるのは、貴重な自然のなかで大勢の人を招き、音を出すことによって自然にマイナスのダメージをあたえることはないのか、ということ。「これらのイベントを企画しているコンサート会社とミーティングを重ね、彼らが敷く自然のなかでやっていいこと、悪いことなどの規制に従い、行動しています」

5,200年前の溶岩の洞窟Raufarhólshellirも、50人規模のライブイベント「The Lava Tunnel」の会場となる
Photo by Solve Fredheim
洞窟には、反響がきくアコースティックな環境が自然
Photo by Asgeir Helgi

会場内の給水スポットから出てくる水は「大地」と「氷河」の2オプション。ろ過し飲料できる状態にした地下水を再利用ものか、会場内で購入できる飲料水ブランド「Icelandic Glacial™」だ。火山層に染み入った雪や雨が天然ろ過された軟水だ。

自国・地元の太陽に照らされ、火山由来のサウンドで耳を刺激され、氷河のなかで音に酔いしれ、ひとしきり踊ったあとに喉を潤す氷河の天然水はどんな味がするのだろうか。

Secret Solstice/シークレット・ソルスティス

音楽フェスティバル

アイスランドの首都レイキャヴィークで2014年にスタートした音楽フェスティバル。インターナショナルアクトから、ナショナルアーティストまでがラインナップに並ぶ。白夜により太陽光が照るステージや、溶岩の洞窟、氷河のなかでのイベントなどを手がけ、国内や国外の参加客に唯一無二の体験を提供している。

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Photos: Alec Luna Donnell
Words: HEAPS

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