「彼らは、僕がトロンボーンで演奏するジャズが大好きなんだ」“彼ら”が、ジャズ好きな人間ならなんの変哲もないが、今回はジャズ好きな“牛”の話。牧場主の演奏するジャズをたのしむ牛と、牛にジャズを演奏するのをたのしむ牧場主がいる。
牧場、トロンボーンの生演奏。喜ぶ牛たち
フロリダ州北部のライブオークという町にある牧場、『Shenandoah Dairy』。そこには少し変わった酪農家がいる。Ed Henderson、家の酪農業を継いだ5代目。幼い頃から牛たちとともに毎日を過ごし、これまでおよそ3,700頭の牛を育ててきた。ゆえ、牛へと注ぐ愛情は大きい。
牛以外にもうひとつ、情熱を傾けているものある。長年吹き続けてきたトロンボーンだ。大好きなトロンボーンの演奏を自分の農場にいる大好きな牛たちに聴かせている。
「牛に演奏をし始めたのは、30年くらい前のこと。ある日、裏庭でトロンボーンの練習をしていたら牧場の牛たちが集まってきて、演奏に耳を傾けていたんだ。牛は、ジャズを聴いて喜びを見せます」
牛が、演奏に耳を傾ける? 喜びを見せる?
2017年には、牧場にジャズ演奏家を招いて『牛のためのジャズコンサート』を敢行。その様子をおさめた動画は投稿から間も無く4万回以上再生された。これを機に、世界中で牛のために楽器を演奏する人が出現。Ed Hendersonは、牛がジャズをたのしむことを発見した元祖である。
一風変わった聴衆を相手にジャズを吹き続けるトロンボーン演奏家に、牛のためのジャズについてを聞いてみよう。牛はどうジャズをたのしみ、演奏家は牛への演奏をどうたのしんでいるのだろう。牧場からビデオチャットを繋いでくれた。
Always Listening(以下、AL):こんにちは。Edさんは、酪農家の5代目だそうですね。
Ed(以下、E):僕の父親もそのまた祖父も酪農家。この牧場は1987年からやっているよ。
AL:最初は100頭の牛からスタートしてから牧場は大きくなり、これまで3,700頭を育ててきたと聞きました。
E:酪農家っていうのはとても大変な仕事。僕たちの仕事に終わりはない。牛に餌をやり、乳搾りをし、芝を刈り、牛の赤ん坊のめんどうをみて、1日が過ぎていく。24時間体制で牛の世話をするんだ。当たり前だけど、牛嫌いは酪農家になることはオススメしない(笑)。僕は、とにかく牛が大好き。
AL:牛の恵みでどんな乳製品を作っているんですか。
E:主に牛乳だよ。牛から乳を搾り、冷やし、タンカーに積みこむ。毎日タンカー6台分の牛乳(牛乳パック約2万2,700個分)を発送している。今、うちの牧場では約4,000頭の牛を飼育中だ。乳搾りは決まって1日3回。
AL:なるほど。Edさんの牧場にしかない特別なところは、やはり…。
E:うちの牧場の特別なところ? そりゃ、なんてったって僕のジャズ演奏だろ。
AL:Edさんが牛にトロンボーンを演奏するようになったのはいつごろですか?
E:あれはずいぶん前のことだった。たぶん30年前くらい。牧場にある家の裏庭でトロンボーンを演奏していたんだ。そしたら、牛たちがフェンスの周りに寄ってきた。どうやら音楽を聴いている様子だったんだよ。
AL:ちなみにそのとき、どのジャズナンバーを演奏していたのか覚えていますか?
E:忘れちゃった。ただなんとなく、適当に練習をしていただけだったと思う。それからというもの、牛たちはトロンボーンの音を耳にすればいつも寄ってくるようになった。牛はいつも毎日同じことを繰り返して生きている動物なんだけど、好奇心はとても強い。
AL:トロンボーン演奏者としては長いんですか。
E:中学校1年生の時から。ジャズが大好きでね。憧れのアーティストはJames Morrison*。
AL:中1でジャズ好きって、渋いですね。
E:大学時代にはジャズバンドに入るチャンスに巡りあってね。だから毎週のようにバンドメンバーたちと練習に励んだものだよ。その時だけは、家業の牛のことを考えずにいられる時間で、僕にとってはストレス発散の場だった。
AL:今ではその牛を聴衆に、どれくらいの頻度でジャズを演奏しているんでしょう。
E:決まってやっているわけじゃないんだ、外で演奏するのが好きだから、たまに家の庭に出て吹いてみたりする。あと、誰かに頼まれればやるよ。イベントごととかね。よく演奏する曲は“Tequila”。
AL:牛たちは、たのしんでいますか?
E:演奏するたび、とにかく興奮した様子なんだ。まず立ち上がって、ちょっと走り回る。ゆっくりした曲は、座ってじっと聴く。ただ、牛の集中力っていうのは小さな子どもみたいなもので、長いこともたないんだけどね(笑)
AL:どうして牛たちがジャズをたのしんでいるとわかるんでしょう?
E:君、犬を飼っているかい?
AL:はい、飼っています。
E:自分の犬が喜んでいるかどうか、わかるだろ?
AL:そうですね、尻尾を振ったり、忙しなく走り回ったり、手を舐めてきたりするので、すぐわかります。
E:僕にとっては牛も一緒さ。牛の挙動を見れば、嬉しさや喜びはすぐにわかる。耳をピンと立てたり、周りをキョロキョロしたり、唇や舌を長い舌を使ってペロペロ舐めたり、口をモグモグ動かしたり…。
AL:なるほどなあ。牛たちはあまり集中力がもたないと言っていましたが、演奏の途中で退席してしまう牛も?
E:牛たちが、退屈そうにし始めたり、他のものに夢中になったりすることはある。これが、人相手に演奏していて、人が僕の演奏に飽きて次々に立ち上がって帰っていったら辛いね(笑)。牛相手に演奏するのはとても気楽だよ。ステージ衣装もいらないし。
AL:2017年には、たくさんのジャズ演奏家を牧場に招いて正式な『牛のためのジャズコンサート』を主催しました。のどかな牧場に正装をした音楽家がずらっと並んで演奏している様子は、シュールでありながらも大迫力でした。演奏が始まるやいなや、牛たちはバンドの周りに集まってきましたね。
E:やはり牛たちは、僕が1人で演奏する時とはまた違う反応をしていたね。大きな音に耳をピンと立てていた。それに一度にいろんな楽器が音を発しているだろう? だから、いつもより興奮して走り回ったり、止まって音楽を聴いてみたり。
AL:そうそう。コンサートでは17種類もの楽器が演奏されていました。牛がドドドーっとバンドの周りに駆け寄ってきて、バンドを囲む様子は神秘的ですらあった。牛のためのジャズコンサートのアイデアはどのように?
E:当時、動物虐待など、動物に関するネガティブな話をよく耳にするようになってね。僕たちがそれに対して何かできることはないか、同業者たちとよく話していたんだ。牛に対してポジティブなイメージを持ってもらいたいと常々考えていてね。それで、動画を作るのはどうだ? って案が出たんだ。
AL:バンドメンバーはどうやって集めたんですか?
E:彼らとは何年も一緒に演奏をしているんだ。牛のためのコンサートの話を持ちかけたとき、「とてもイカしたアイデアだ」って言ってくれた。こんな珍しいコンサートはないよね。当日牧場に出て、みんなで演奏。あれは本当にいい時間だった。土曜か日曜の昼下がりだったかな。今でもメンバーたちとはあの時のことを語り合うんだ。
AL:牛のためのジャズコンサートの動画を筆頭に、世界中でたくさんの人々が牛のために音楽を演奏し、SNSや動画サイトに投稿する人が出現したそうで。
E:ああ。牧場の側で演奏している人たちの動画をいくつか観たよ。とてもいいことだよね、素晴らしい。楽器はピッコロ(フルートの派生楽器)でも、チューバ(金管楽器)でも、なんだって構わない。
AL:牛は本当に音楽が好きなんですね。ちなみに、牛が特に興味を示していた楽器などはあった?
E:彼らのお気に入りの楽器はトロンボーンに決まってるよ! っていうのは冗談で(笑)、僕が考えるに、牛たちは単純に“心地よい音”が好きなんだと思う。僕たち人間は楽器にこだわりを持っているけど、そんなのは牛には関係ない。「トランペットよりトロンボーンの方が好き」だとかは彼らにはないと思うよ。いい音かどうか、それだけ。
AL:ロックやクラシックなど、ジャズ以外の音楽ジャンルを試したことありますか?
E:他のジャンルの音楽を試したことはないけど、人間と似たようなものだと思うよ。たとえば、スピーカー越しにヘビメタを流してみたとしよう。きっと、牛たちは走り回ったあと興味深そうに音楽を聴きにくるだろうね。でもこれが、クラシックなどの優しい音楽だった場合、あまり走り回らないはず。人間が音楽を聞く時もそうだろう? クラシックなら心地いいし、スッと入ってくる。だけど、それがヘビメタならまた違う。牛も僕たちと同じ音を耳にしているんだ。
AL:やはり一番ジャズが好きなのかな?
E:“ジャズじゃないといけない”なんてことはない。でも、ジャズは比較的ゆったりとしていて穏やかだから、牛にはちょうどいいんだろう。
AL:牛も、それぞれの持ち前の性格によってたのしみかたも違ったり。
E:そうだね、性格は音楽の聞き方に関係している。離れたところで立ち上がって興味深そうにしている牛がいれば、最前列にやって来る牛もいる。コンサートのときにはこんなこともあったよ。1頭の牛がメンバーのドラムスティックを奪うという事件があったんだ。ケースのなかに入っていたドラムスティックを見つけて、舌で上手いこと取ってね。あれは大変だったよ。もちろんすべての牛がそんなことするわけでもない。その子の性格次第。
AL:Edさんは牛に向けて演奏しているとき、どんなことを考えているんですか。
E:結局のところ、僕の演奏がどうとかはどうでもいいんだ。牛たちにより快適に、より心たのしく過ごして欲しいだけなんだ。僕は、ジャズの演奏で彼らへの愛情と親しみを表現しているんだよ。
AL:Edさん自身は牛へのジャズ演奏をどうたのしんでいる?
E:間違いなく僕の趣味の一環だね。人が趣味でガーデニングしたり、陶芸にハマったりするのと一緒。僕の場合はそれが牛へのトロンボーン演奏。牛もジャズも大好きな僕にとってはこれら2つのコンビネーションは最高だね。さっきも言ったけど、人に演奏するっていうのは、大変厄介なこと。やれクラシックが好きだ、やれカントリーがいい、レゲエの方が好みだ、などなど。いろいろあるだろう。だからあんまり人に演奏するのは好きじゃない。
AL:あはは。Edさん、さぞかしご近所さんにも有名なんでしょうね。牛にジャズを演奏するおじさんが近所にいたらインパクト大です。
E:実は近所同士、かなり距離があるから、僕の演奏の音は聞こえないんだ。だから彼らは僕が牛にジャズを演奏していることを知らないと思う。僕は隠れたセレブリティなんだよ(笑)
AL:さすがアメリカの牧場。広大な土地(笑)
取材を終えた数日後、編集部のオフィスにEdさんの牧場の新商品『Thunder Coffeemilk』が届いた。味はオリジナル、モカ、バニラ、ダブルショットの4種類。ジャズを嗜む牛の乳から作られたコーヒーミルクはまるでトロンボーンの音のように重厚で濃厚。ハイチ産の良質なコーヒー豆を100%使用。コールドブリュー製法で抽出されたまろやかなコーヒーと濃厚で新鮮な牛乳の相性は、牛とジャズの相性のようにバッチリだ。
Ed Henderson/エド・ヘンダーソン
HP
Words : Ayano Mori (HEAPS)