『Kisses on the Bottom』の制作では、エンジニア・ミキサーであるAl Schmitt(以下、Schmitt)が参加。Schmittは、グラミー賞を23回受賞しており、Neil Young、Bob Dylan、Quincy Jones、Henry Mancini等、多くのレジェンド達と共に仕事をしてきた。
SchmittはPaulと仕事をした『Kisses on the Bottom』のレコーディングを鮮明に覚えており、特に“My Valentine”は印象的だったと話す。
「『Kisses on the Bottom』は Sir Paulとの初めての仕事で、本当に待ち望んでいたことだったんだ。僕が死ぬまでに1度は一緒に仕事をしたいアーティストの1人だったからね。このアルバムで彼は、ほとんど演奏せず歌うことのみに専念した。彼がアルバムを制作する上で一貫して歌に専念するというのは、知る限り初めてのことだよ」
SchmittがPaulと初めて顔を合わせた場所はCapitol StudiosのStudio Aだった。このスタジオはFrank Sinatra、Dean Martin、Nat King Coleをはじめ、数多くのレジェンドたちがレコーディングをしたロサンゼルスの老舗名門スタジオだ。
「制作の過程で、The BeatlesがレコーディングをしたAbby Road Studio 2 でオーケストラパートの録音をしたんだ。あの場にSir Paulと一緒に居られたのは本当に特別な体験だったよ。The Beatlesの初期の頃の話とか、スタジオで彼らがどんなことを学んだかとか、いろんな話をしてくれた。“Yesterday”の録音の際にストリング・カルテット(弦楽四重奏団)と一緒に仕事をしたことが彼に大きな影響を与えたんだ。その話の直後に、このプロジェクトのチェロの録音セッションへと突入したのはとても強烈で感動的だったね。Eric ClaptonとSir Paulは『この部屋に一緒に入るのは1968年にThe Beatlesの“While My Guitar Gently Weeps”(George Harrison作曲)を録音した時以来だよね』と言って笑っていた。セッションの背景にある壮大な歴史を肌で感じた瞬間だったね。チェロに使った例のリボンマイク“AT4080”のサウンドにみんなとても興奮していたよ」
アルバム制作全体を通してSchmittは改めて振り返る。
「Sir Paulは、これまで仕事をしたアーティストの中でも最も素晴らしい音楽家の1人だよ。彼は本当にジェントルマンで、誰に対しても親切で献身的で、同時に一流の職人だと感じた。よく覚えているのが、セッションの初めの頃に、Paulはヴォーカルの最適なアプローチを探っていたんだけど、なかなか『これだ!』という歌い方を掴めずにいた。けれど彼は一切苛立ったり焦ったりしていなかった。少し休憩をとりに出てスタジオに戻ってくるなり、最終テイクを一発で完璧に歌い切ったんだ。みんな鳥肌が立ったよ。彼とは、この仕事をきっかけにその後も連絡を取り合っているんだ。最近ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム(Hollywood Walk of Fame/ハリウッド名声の歩道)に僕の“星”が追加された時にも、とても温かい手紙を送ってくれた。彼は本当に寛大で、感謝の想いにあふれた心の持ち主さ」